プラスチック車輪の功罪
back issue Vol.145 May 12, 2004
当メールマガジンのBBS掲示板で今、話題になっていることの一つに車輪とレール間の電気的接触改善剤があります。Tad氏によれば、サウンドつきDCC車両を走らせると全軸集電していても集電不良でデコーダの設定が飛んだりすることがあり、独自で低揮発性リグロインを研究されているという話です。【掲示板の過去ログはここです】
ただその中で、車輪の材質をプラスチックとしていることがレールを汚す原因の一つという部分には、私は大変にショックを受けました。日本型に比べてアメリカ型モデルの場合は古くからプラスチックが多用されていて、その象徴的なパーツが車輪だという認識だったからです。
言われてみれば確かにプラスチックの表面には離型剤が残っていたり、成分としての可塑剤、安定剤、帯電防止剤や着色剤などが浸み出してくる可能性もあります。また踏面にレールなどの摩耗粉が付着していることが多いので、粘着させる物質が存在しているという想像は容易にできます。
しかし、なんといっても経済的な理由がありますから、全てを金属製に置き換えるのは困難です。DCCを試みたことがないので何とも言えませんが、サウンド機能がなければトラブルが避けられるのでしょうか。当面採れる対策は、予めアルコールで拭くぐらいのことでしょう。もちろん、機関車の牽引力に影響がなければ、Tad氏の研究成果を待つという奥の手があります。
ところで、プラスチック車輪が否定されて衝撃を受けたことが10年ほど前にも一度ありました。トレイン誌1991年11月号(NO.203)のパイプ・スモーキング欄に「プラスティック車輪の追放で脱線を防ぐ云々」とあったものです.
当時私は車輪に多大な関心を持っていて、モデルにおいてはアサーン製などの貨車のそれを、大量生産に向き安価で、偏心も振れもなくて精度が良く、バネ下質量が小さく、走行音も静かで、模型用としては理想的なんではないか、と考えていたからです。アメリカのクラブでは、金属車輪はポイントのフラグを摩耗させるから使用禁止などという話を読んだ記憶もありました。
しかし、パイプ・スモーキングの文が長い経験の上での結論だろうと思い直した結果として、そのときに“こねて”みた2つの理屈を、暇つぶしがてら、ここで披露したいと存じます。
仮説1:プラスチックは摩擦係数が高い
まず思いつくのは摩擦で、この原因による脱線の形態は、二つが考えられます。一つはフランジとレールの接触において、車輪がレールに乗り上がっていくという現象です。二つ目は、カーブでは車輪がスムーズに転がっているのではなくて、円周方向や軸方向に幾ばくかの滑り摩擦を発生させて、この摩擦が大きいほど反力としてのフランジのレールを押す力が大きくなるという現象です。
一つ目のフランジでの乗り上がり問題で、「脱線」というと、必ず登場するのが「ナダルの式」です。
要は二者の接触面に添って働く力は輪重P、横圧Q、フランジ角度θ及び摩擦係数μによって表されるというもので、脱線係数P/Qが低いほど、フランジ角度が緩いほど,また摩擦係数は高いほど脱線し易いということだったと思います。
摩擦係数が極端に低い「競り上がり脱線」もありますが、一般的には高い場合の「乗り上がり脱線」を考えれば良かったはずです。(ちなみに、次式が「乗り上がり脱線」の場合で、分子と分母のμの符号を逆とすると「競り上がり脱線」です)この条件の中でプラスチック車輪は材質が相違していますからμだけが変動要素です。
二つ目の車輪トレッドでの摩擦にも算出式が存在します。こちらも要は車輪の軸方向の摩擦が多いと、フランジがレールを押す力が大きくなって、脱線の可能性が増すということです。
そこで最終的に問題となるμを測らなければいけないのですが、道床付きのレールの上に車輪が回らないようにテープか何かで固定した車両を載せ、レールを傾けて滑り落ち始める角度φからμ=tanφとして簡単に求められます。本当は、滑っているときの動摩擦係数を測る必要があるかも知れませんが、難しいので、止まっていて動き出す限界の静摩擦係数でいいでしょう。
実際に10年前、手持ち車両をユニトラックに乗せて測ってみた結果は明らかにプラスチックの方が摩擦係数が低かったという記憶です。仕舞い込んだデータが出て来ないのですが、どこでも誰でも簡単に実験できます。
仮説2:プラスチック車輪は摩耗し易く、車輪の形状が直ぐに悪くなる
理屈の第2はプラスチックの摩耗性-柔らかさ-です。車輪がカーブを曲がるときにフランジがレールに擦れるので、主にフランジの根元が摩耗する(直立摩耗)ことになります.これは前述のナダルの式で、フランジ角度θが大きくなる方向なので一応は「脱線し難い」傾向のはずですが、極端に90度近くなれば継ぎ目でレールの食い違う箇所では、引っかかって「乗り上がり」易くなります。ポイントのリードレール部分でも同様です。急カーブの外側レールでは車輪がレールに対してアタック角を持っているので,この恐れが大きくなります。
こちらの実験は、長い時間が必要となります。実際に半径600mmの円形エンドレスを走行させて摩耗を測ろうとしたのですけれど、フルスピードで1日走らせて、摩耗を認めることが出来なかったので諦めてしまいました。
まあ、以上のような理由で、たぶん、金属に置き換えることによって重量が増してレールへの追随性が増すだけのことだろうと考えて、未だにプラスチック車輪に幻想を持ち続けていたわけです。一方、材質がデルリンなどの場合には塗料が付着させられませんから、モデルとしてリアリティを追求する場合には向かないことになるという面もあります。
電気接触を含めて、摩擦と摩耗の問題も全て長時間の実証を必要としますので、私のように直ぐに箱に仕舞ってしまうモデラーに語る資格はないのですけれど、以上、目新しい話題に絡みたい“老人の戯言”と思し召して御許しいただければ幸いです。
【追記1】かつてはネット上を探してもヒットしなかった「ナダルの式」が、あちこちに登場しています。そのなかで、JR東日本の技報(pdfファイル)が比較的判りやすかったので、図を引用させていただきました。2011-07-28
【追記2】時流に抗しきれずというか、当方も車輪の金属化を進めています。その中で「金属車輪は何を買えばよいのか?」という記事をでっち上げました。モデラーの悩みは尽きません。2011-07-28 また、プラスチック車輪がレールを汚す元凶という報告がNMRAのサイトにあります。2013-10-30
【追記3】ナダルの式に関して、「競り上がり」⇒「乗り上がり」、「滑り上がり」⇒「競り上がり」と書き換えました。ややこしいですね(笑)2013-11-20
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