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2006/01/21

国鉄技師訪米記1:前文・目次

melma! back issue 2006/01/21 Vol.163 total 268 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 1

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 全くの偶然ですが、面白い古書を入手しました。
 1950年、昭和25年にアメリカを3ヶ月間、視察してまわられた国鉄、それも蒸気機関車を担当されていた技術者の手記です。

 著者は福島善清(よしきよ)という方、書名は「ストリームライナー、鉄道技師のアメリカ紀行」、出版社は財団法人交通協力会、定価220円、B6版、全246頁、発行日は1951年(昭和26年)5月25日で、時節柄、紙質の悪い簡易製本となっています。

 内容は一般的な見聞を主体にしているものの、専門分野を素人にも分かりやすいように写真を交えて簡潔に説明されていますから、50年後の現在、我々にとって頗る興味深いものとなっています。

 そこで皆さんに紹介しようと思い立ちました。
 また、当方の判断で漢字やカタカナなどの表現を現代風に変更したり、章立ての数字を加えています。第1回目は、前文と目次です。これだけを見ても読者は大いに興味をそそられるのではないかと存知ます。

福島善清著
ストリームライナー
鉄道技師のアメリカ紀行
1951
交通協力会

 小野さん……
 三ヶ月の慌ただしいアメリカ旅行を終えて、昨年暮れの12月11日に横浜へ帰着しました。与えられたテーマは「米国鉄道における水処理」ということでしたが、僅かの日数で、しかも初めての不案内な土地での見聞や経験が、どれだけの価値を持っているかは分かりません。

 ところが驚いたことに、これを本にしようというのです。
 文学の素養も才能もない私が「アメリカ紀行」をお目にかけるなどとは、全く身の程を知らないことです。「交通技術」の石原さんから、何でも日記やメモをまとめるつもりでと言われたときも、まず躊躇が先に立ちました。

 しかし私は私なりに日記の中から主な事項はまとめて残したい気持ちもあり、一面識もない人が私の書いたものを読んでくださる姿を思うだけでも愉快なことですから、非才を顧みずに思いのままを書き続けてみました。
 中々思い通りには行かない苦しみもあったのですが、もし、読者がこの中から何かを得てくださるならと、自らを慰め励ましてきたわけです。

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 アメリカを見て、今の私の周囲を久しぶりに眺めると、我ながら物の見方が変わっているのに吃驚もします。
 自分の見たまま、感じたままを出来るだけ忠実に記録したつもりですが、不慣れな旅行と言葉の不自由も手伝って、色々間違った点もあろうと思います。帰りの船の中では、明治学院講師、松本亨先生(現在ラヂオ英語会話の講師)と知り合いになって、色々と御注意を受けて訂正できたのは非常に幸いでした。先生もお忙しいので全部というわけには行きませんでしたが……。

 ちょうど、今流行の超特急「ストリームライナー」がすばらしい速さで後方に飛びさって行く様に四ヶ月の米国旅行はまたたく間に過ぎてしまいました。その旅行記を書くのですから書き方にもスピードを加え、簡明に「ストリームライナー」で飛ばしてみました。

 書き上げた原稿を大越さんにお見せしたら、「誰を相手に、どのくらいの知識層を目当てに」書いたのかと聞かれて、思わずハッとしました。自分でも書いている途中、屢々こんな疑問に悩まされたからです。お読みくださった後の感想やお気付きの点を洩らしていただけたら何より幸せに存じます。

 なお、挿入しました写真の大部分は私の撮影したものですが、一部、伊東道夫氏(車両局客貨車設計課長)と間瀬孝次郎氏(輸送局列車課長)の撮影された分も借用し使用させていただきました。
             1951年4月                福島善清

目次
[紀行]
1 羽田よりシカゴまで

2 シカゴの2週間 [1-2-3] [4-5-6-7] [8-9-10-11]
 2-1 ナルコ会社
  2-2 風呂敷
  2-3 ホテル・シャーマン
  2-4 英語の失敗
  2-5 食事
  2-6 ワグラーさんの家庭
  2-7 街の信号機
  2-8 ロックアイランド機関区
  2-9 シカゴ周辺の列車
  2-10 マーシャルフィールド百貨店
  2-11 日本語を忘れていく日本人

3 シカゴよりニューヨークへ

4 ニューヨークの印象 [1-2-3] [4-5-6-7]
 4-1 エンパイヤステートビル
  4-2 多すぎる自動車
  4-3 ロックフェラーセンター
  4-4 グリーニッチ・ビレヂ
  4-5 エチケット
  4-6 乞食とたかり
  4-7 給料

5 ペンシルベニア鉄道
  5-1 エノラ操車場
  5-2 ハリスバーグ機関区
  5-3 アルトゥーナ工場

6 ナイヤガラの滝

7 ワシントン
  7-1 野球
  7-2 テレビジョン

8 ボルチモア・オハイオ鉄道
  8-1 石炭
  8-2 ディーゼル電気機関車の経済性
  8-3 設計課
  8-4 マントクレア工場
  8-5 機関車の添乗

9 フィラデルフィア

10 再びシカゴへ [1-2] [3-4-5-6]
  10-1 YMCAホテル
  10-2 サンタフェ鉄道の機関区
  10-3 ストックヤード
  10-4 シカゴ大学
  10-5 自動洗濯屋
  10-6 ハキーゲーム

11 オマハにて [1] [2-3]
  11-1 ユニオンパシフィック鉄道の工場
  11-2 フラナガン神父
  11-3 ホテルの理髪屋

12 ルーメットに乗って

13 ソルトレークシティ

14 ラスベガス
  14-1 フーバーダム
  14-2 死の谷
  14-3 電話の大失敗

15 ラスベガスからグランドキャニオンへ
  15-1 飛行機の保険
  15-2 グランドキャニオン

16 ロサンゼルスの憶い出 [1-2-3-4] [5-6-7]
  16-1 日本人と日本人村
  16-2 MRAの会
  16-3 選挙
  16-4 サンバナディーノ工場
  16-5 便利な電話
  16-6 罰金
  16-7 ドライブ・イン

17 サンフランシスコ [1-2-3-4] [5-6-7]
  17-1 サザンパシフィック鉄道
  17-2 世界一の吊り橋
  17-3 モテル
  17-4 パシフィック鉄道クラブ
  17-5 広告
  17-6 土井口さん
  17-7感謝祭

18 バスと電車

19 チップ
20 日本からの御土産と日本への土産
21 対日感情

22 船で帰国
  22-1 麻雀と囲碁とキャナスタ
  22-2 食堂
  22-3 ハワイ島に寄る
  22-4 船ゆれる
  22-5 深海の魚釣
  22-6 日本が見える

[報告]
23 米国鉄道の機関車
24 米国鉄道における水処理() (

番外記事:国鉄技師GHQ下米国視察の成果

>>【羽田よりシカゴまで

当初、私は著者や出版社に了解を求めようとしたのですが、文中に出てくる逗子の地番へ出した手紙は宛先不明で戻ってくるし、複数の出版社からの返事も「全く判らない」というものでした。
 そこで、私の責任で表に出そうと決心しました。また、鉄道関係の部分だけを抜粋する形としていたものの、読者の皆さんの御要望が強く、さらに身近にタイピングの練習をしたいという者がおりましたので、これ幸いと全文をお伝えすることとしました。そのほうが原著者も喜ばれるのではないかと思ったからです。
 そんなことから、著作権法の第52条「無名又は変名の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年を経過するまでの間、存続する」で、“無名”を“有名でない”と早合点して突っ走ってしまいました。
 それが、後日にその“無名”が、“名前の記載されていない”の意味と判明し、慌てました。
 しかし、読者の御協力もあって著者のご理解を得ることができ、公表を続けさせていただくこととなりました。

 当初は題名を「50年前の‥‥」としていましたが、年月の経過とともに当然のごとく齟齬をきたしてきましたので改題の上、内容についても見直しました。
 また文章の順番は行きつ戻りつとなっていますので、この目次部分からリンクしていただくのが一番手っ取り早いと存じますl。各章は別窓で開きます。

 読者間のやり取りは、掲示板ログにもあります。2012-04-12

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受信: 2006/01/24 10:14

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