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2006/01/27

国鉄技師訪米記5:シカゴの2週間(続々)

melma! back issue 2006-01-27 Vol.167 total 269 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 5

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

2 シカゴの2週間

2-9 シカゴ周辺の列車

 シカゴで過ごした滞米最初の2週間は、通勤列車の他には汽車に乗らなかっただけに、踏切で見る列車が珍しく、止められた自動車の中から眺める汽車が楽しみになり、機関車の形式と牽引している両数を数えては手帳に書き留めていた。そのメモを拾ってみよう。
1.ディーゼル電機 (1-C-C-1)    2両で客車  15両
2.    〃       (    〃   )    1両で     3両
3      〃       (    〃   )  1両で      6両
4.     〃       (  C-C   )  3両で貨車102両
5.      〃       (    〃  )    3両で    87両
6.      〃       (    〃  )    3両で    57両
7.蒸気機関車   (2-C-1テンダ)1両で客車  8両

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2006/01/24

国鉄技師訪米記4:シカゴの2週間(続)

D51形式機関車の図面を見せて、「動軸をローラーベアリングにすると
melma! Back Number 2006/01/23 Vol.166 total 269 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 4

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

2 シカゴの2週間

2-4 英語の失敗

 米国に着いて一番の問題は予期していたとおり言葉、特に発音の困難さであった。中でも大事なことはアクセントの位置とその場所の発音で、アクセントのないところの発音は少しくらいは間違えても相手に分かるが、もしアクセントのあるところを間違えたら決して通じないし、その場所の発音が悪かったら結果は同じである。
 シャーマン・ホテルは25階のビル、私の室は12階で、もちろんエレベーターを利用しなければならない。エレベーターに乗ると運転手は、「Floor Please(何階ですか?)」と問う。「Twelve(12階)」と答えると、「Ten?(10階ですか?)」と聞き返すので、「ノー? トエルブ」と言えば、またも「Ten?」と聞き直すのでいささか不愉快気に、室の鍵を見せると、その鍵には1244(12階の44号)とあるのを見て「オオ! トウ“ア”ルブ」と“ア”にアクセントをつけて12階で止めてくれる。

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2006/01/23

国鉄技師訪米記3:シカゴの2週間

melma! back issue 2006/01/23 Vol.165 total 269 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 3

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

2 シカゴの2週間

 シャーマン・ホテルの食堂で一緒に食事をした後、ワグラー氏と別れて室に帰ると、電話のベルが鳴る。
「ハロー、Hello!」とぎこちない英語で言えば、懐かしい伊藤氏の声が聞こえる。「飛行場まで迎えに行ったが、標準時間とサマータイムとを間違えて会えなかった。今直ぐそちらへ行くから待っていてくれ」
 20分ほどして室のノックの音と同時に氏の姿が見え、二人思わず、未だに二人の間では経験のない握手! をする。氏の言うように「こんな他国で今時兄弟二人が相会するなどとは全く幸運であり奇遇で」前途を祝した後、シカゴの街を散歩する。恥ずかしい話だがショーウィンドウに並ぶ、万年筆、服、カバン、ラジオ、タイプライター、ジレット等など、何でも皆珍しく、そして買いたいものばかりで、一心に眺めていると、「米国に着いた当座は見るもの皆珍しいし買いたくなるが、2週間もすると慣れて余り目に付かなくなる」と言われてハッとする始末。こんなことも原因の一つになったのであろうか、24時頃ホテルに帰りシャワーを浴びて床に入ったが、シアトルの夜ほどには快適な睡眠がとれなかった。確かに、興奮していたのであろう。あまりにも日本の国情と違う生活様式に急に飛び込みすっかり面食らった格好であった。

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2006/01/22

国鉄技師訪米記2:羽田よりシカゴまで

melma! back issue 2006/01/22 Vol.164 total 269 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 2

このテキストの経緯、詳細については、第1回をご覧ください。

1 羽田よりシカゴまで

 慌ただしい準備に追われているうちにいよいよ渡米の日、8月9日(水)である。待ちかねた修学旅行の朝のような、すがすがしい、そして緊張した気分で眼がさめる。その日の日記には次のように書いてある。
「7時起床、ゆっくり朝食、午前中はのんびりと風呂に入ったり、子等と遊んだりする。出張前にのんびりしたのは初めての経験だ。昼食をすませて12時40分家を出る。本庁内の挨拶回りから17時半の送別会に送られ、18時出発。羽田に19時着。案内所、Informationへ行くも余り早いので相手がびっくりする。出国手続き、税関手続き、手荷物の依頼を済ませる。飛行場の見送りは制限されているので、予め米軍の証明書をもらわねばならない。証明書をもらって見送りに来てくれた人々は家族の他に室の人等12名であった。飛行機はマニラ始発のノースウエスト機であるが、天候不良で2時間遅れている。家族と少数の室の人以外には帰ってもらう。23時50分滑走……」

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2006/01/21

国鉄技師訪米記1:前文・目次

melma! back issue 2006/01/21 Vol.163 total 268 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 1

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 全くの偶然ですが、面白い古書を入手しました。
 1950年、昭和25年にアメリカを3ヶ月間、視察してまわられた国鉄、それも蒸気機関車を担当されていた技術者の手記です。

 著者は福島善清(よしきよ)という方、書名は「ストリームライナー、鉄道技師のアメリカ紀行」、出版社は財団法人交通協力会、定価220円、B6版、全246頁、発行日は1951年(昭和26年)5月25日で、時節柄、紙質の悪い簡易製本となっています。

 内容は一般的な見聞を主体にしているものの、専門分野を素人にも分かりやすいように写真を交えて簡潔に説明されていますから、50年後の現在、我々にとって頗る興味深いものとなっています。

 そこで皆さんに紹介しようと思い立ちました。
 また、当方の判断で漢字やカタカナなどの表現を現代風に変更したり、章立ての数字を加えています。第1回目は、前文と目次です。これだけを見ても読者は大いに興味をそそられるのではないかと存知ます。

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