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2006/02/07

国鉄技師訪米記13:ニューヨークの印象

1931年に建設された102階1,250フィートのビルは
melma! back issue 2006/01/07 Vol.175 total 272 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 13

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

4 ニューヨークの印象

 3ヶ月の滞米生活中、最も印象の深かったのはやはりニューヨーク市であった。歴史の浅い慌ただしい、賑やかな、多人種を総合した米国を一カ所に集約するとニューヨークの様な都市になるのであろう。
 中心にマンハッタン島があり、その大きさは、東京の山手線ループの中にはいるくらいのものであるが、有名なエンパイア・ステート・ビル、ロックフェラー・センター、国連など高楼が所狭しと並んでいる。島の西側はハドソン川、東はイースト川、南部には自由の女神の像が海上にそびえている。斜めにうねったブロードウェーの他は東西と南北の道路が行儀良く並んでいる。ただ、南部のダウンタウンDwon Town(下町)は古い街らしく複雑な道路を有している。

 日本から来た大抵の旅行者は、白人から道を尋ねられる。これは東京の街の真ん中で日本人が米国人に尋ねる格好とはだいぶ趣を異にしている。ここにはゲルマン、ラテン、スラブ民族はもちろん、黒人も、黄色人種もいるが、混血も米人であり市民権を持っている。顔の色によってはニューヨーク市民であるか否かを区別つけられないし、服装も同じで持ち物も違わないとなれば、誰も日本から来たての外国人とは考えないのも無理はない。
 ニューヨークは人種的に見ても米国の縮図と言える。

4-1 エンパイア・ステート・ビル

 ニューヨークを訪れる旅行者の全てはこの高楼に登るものらしい。1931年に建設された102階1,250フィートのビルは事務所としてはあまりに高すぎ、決して能率の良い建物ではなく、多い階数のために起こる種々の過重な施設で難渋しているという。
 エレベーターは102階まで行くのに途中で乗り換えねばならない。まず入り口で入場券を1ドル25セント(内税金25セント)で買い、第1のエレベーターに乗ると1分という短時間で80階に着き、乗り換えた第2のエレベーターで86階まで上がる。ここには休憩室、喫茶室、展望廊下があり、一円の眺めが旅行者の目を楽しませてくれる。
 高いという点がテレビジョン電波には非常に都合が良いので、私が登ったときには頂きをその用に供するするための改装を行っていた。それで102階までは上がれなかった。
 なお、エレベータの数は旅客用が63台、貨物専用も6台ある。あまりにも高い建物は却って損であるということを立証したのがこのビルだとは、真に文明も皮肉なものである。

4-2 多すぎる自動車

 正に自動車の多いことは愕くばかりである。シアトルのボーイング工場では、通勤用自動車が15分も歩かなければならない場所まで埋めていて、こんな離れたところに置かなければならないのなら、工場の入り口で停まるバスで通勤したら良さそうだと思った。ここニューヨークは、それに輪をかけた状況で、ラッシュ時にはぎっしり詰まって全く身動きできない姿で、タイムズ・スクエアーから北と南とブロードウェーに自動車が並んでいる。タイムズ・スクエアーから泊まっていたホテルまで歩けば10分、地下鉄なら2分だが、ラッシュ時のバスでは大抵10分以上かかる。ブロードウェーの路面電車軌道撤去工事の影響もあったのであろうが、時には20分もかかったことすらある。
 自動車の速度は、街の中で30~40mph(45~66km/h)、郊外に出ると40~60mphは出している。運転している人に「写真を撮るから少しゆっくり走ってください」と頼んで遅くなった途端に、後方からものすごい警笛が鳴り「速く走れ」の催促だ。周囲のスピードに追われて自分一人が悠々とは出来ない。米国人は法をよく守る国民と聞いてはいたが、こと、自動車の速度となると、全く規則を無視している様に思える。

 9月10日、エキスプローラー・クラブExplorer Club(直訳すると探検者クラブであるが、探検の経験のない人も集まっている)でお茶の会に呼ばれ、隣に妙齢の婦人が席を取り、私に米国の感想を聞く。
「第1に街が綺麗です」といえば、「New Nork City is clear?(ニューヨークが綺麗ですって?)」とお世辞を言うなといった表情。
「第2は米国人は皆、親切です」に対しては、「ありがとう」と一寸はずかしそう。
「第3は自動車が多すぎる(Too many Cars.)」と言ったら、いきなり私の手を握り、
「Yes! Yes! Too many cars! Yes! Thats' right.」とか言って大声で賛意を表してくれる。
 私が一寸恥ずかしくなる様な大きな声!……「あなたの国には自動車が多すぎる」と言われて何がそんなにうれしいのかと訝ったが、確かに余りにも多い車を何とかしなければならないといった気分を大部分の米国人が持っているのは事実で、それを他国人に指摘されたので同感のあまり握手になったものと思う。

DSCF2291a  駐車場で、こんな狭いところに70台近くの自動車が詰め込まれているのでは奥の方の1台だけを出すときにはさだめし苦労するであろうと余計なことが心配になる。百貨店の周囲を自動車が数台グルグルと回っている。駐泊すべき空き地を探しているのであるが、結局見つからずに別の方面へ向かうことも少なくない。
 数多い自動車は米国文明の生んだ最も大きな産物であると同時に、余りにも多すぎることによって自分自身を苦しめているのは真に皮肉である。自分の姿を美しく、そして敵に対しては防衛の意味を持つ動物の「角」が、余りに長くなると、森林の中でそれが邪魔となり自分のための「角」がかえって自らを苦しめることになるのと似ている。「過ぎたるは及ばざるが如し」とはよく言ったものである。

 自動車の数は人口の1/3.5、すなわち3人半で1台の割合だそうである。誰でもが買えるように月賦制度となっていて、毎月たとえ10ドルずつでも3千ドルの高級車が手に入り、10年計画で支払う人さえあったという。それが1950年10月にインフレ防止のために月賦の法律「1/3払い、18ヶ月払い」が出て以来、急激に売れ行きが止まり、今では業者が悲鳴を上げているとか。これは3千ドルの車では、入手と同時に1/3の1千ドル以上を払い、残りの2千ドルは18ヶ月以内に支払いを済ませねばならないという意味で、これでは3百ドルや4百ドルの月給取りが買えなくなるのも無理はない。
DSCF2289a  それでも相当数が売れているのは事実らしく、生産地デトロイトから毎日多数の運搬トラックが自動車を4台載せて西へ、あるいは南へと走っている。西部サンフランシスコやロサンゼルスの値段は東部より2百ドルくらい高価になっているのは、この輸送費の相違によるものである。このトラックは1週間かかて3千マイルの大陸横断をするという。

4-3 ロックフェラー・センター

 ニューヨークの中心マンハッタン島の、またその中心部にロックフェラー・センターがある。ここには7階から70階までの大小の建物15が集合して、「人工美の極み」を表現している。人工の美もここまで来ればもう限度かと思われる。毎日16万人の見物人を呑むこのセンターには、事務室、百貨店、劇場、放送局、野外アイススケート場(夏はレストランに変わる)、大屋上庭園がある。
 ロックフェラー・センターの名物の一つ、ラジオ・シティ・ホールRadio City Hallは美麗な大劇場で、観覧席は4階になり座席の数は6,200に達している。オーケストラ全体が舞台の上に静かに浮かび上がり、奏楽終わってそれが再び下へ沈んでいく。パイプ・オルガンが左側の壁から浮き出てくる。音楽を耳から楽しませるだけでなく、目も十分に喜ばしてくれる。均整の取れたダンシング・チームの踊りも真に見事なものであった。

4-4 グリーニッチ・ビレッジ

 この絢爛たるニューヨークにも、陰気な面は少なくない。グリーニッチ・ビレッジはダウンタウンの一部にあるボヘミアンの住居地帯をいう。ここには数多の有名な画家、音楽家、著述業等の芸術家が住んでいるが、各国人種の雑種ともいうべきボヘミアンの集合地でもある。道路の側の階段を下りると薄暗い室に、ベッド、机、椅子、書物などが雑然と積まれている。
 こぢんまりとしたスペイン料理屋に入ると、あまり旨くもない、味のきつい鶏料理を食べさせる。中にいる客は白人、黄色人、黒人とそれらの混血など様々で、静かに、沈んだ顔をして食事をしている。別に不快でなく、病気でもあるまい。いずれにしてもこの一角はニューヨーク市には珍しい、一種の空気を持っている。この妙に印象的な雰囲気が芸術家にとってはたまらなく好きなのであろうか?
 私自身3度この地を訪れ、地下室の暗い室で世間話をしたのであったが、好きならどこにでも行ける人々が、なぜこんな室に住み込むのか、残念ながら理解できずに終わってしまった。

>>【ニューヨークの印象(続)

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