国鉄技師訪米記14:ニューヨークの印象(続)
時間があったので機関区員その他の給料を聞いてみる……
melma! back issue 2006/01/08 Vol.176 total 272 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 14
このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。
4 ニューヨークの印象
4-5 エチケット
日本出発に際して受けた注意に「米国におけるエチケット」と題するものがあった。たくさんの中で、「乗り物では婦人に席を譲ること」と、「エレベーター内に婦人がいた場合には帽子をとること」とが、どういうわけか妙に印象に残っていた。
シカゴに着いてバスや電車に乗るが、若い男が腰を掛け、その前に婦人が立っている姿に度々直面したし、ニューヨークでも同様であった。ある米国老人に尋ね、
「自分は米国のエチケットとして、車内で婦人に席を譲ることを学んできたが、多数の若い男が守っていない。このエチケットはなくなったのでしょうか」
「その通りです。戦前はこんな事は無かったのですが」といかにも残念そうであった。若い米人に同じことを尋ねると、
「別に譲る必要はないですよ。皆疲れているのだから、そんな習慣は昔のものです」と、いとも簡単に片付けてしまった。しかし、さすがに赤子を連れた人とか老人の立っているのは見なかった。
シカゴのシャーマン・ホテルのエレベーターでは婦人が乗ると男子側は一斉に帽子をとり、東京で学んだエチケット第2号はまことに厳重に守られていた。しかしこのニューヨークのエンパイア・ホテルでは時々婦人の前で平然と帽子を被っている男性を見た。私はずっと無帽で通してきたのでこの苦労はせずに済んだ。この習慣も失われていくのではないか。とくにホテルの格が下になるほど崩れているように感ぜられる。
習慣というものは根強いものに違いない。しかし、時代の変遷と共に次第に変化していくであろうし、特に戦争という大変化の下には習慣の大変革も当然であろう。ある人これを揶揄して、「戦前、婦人が断然優勢だったが、戦後、男性軍が勢いを盛り返し、次第に男女同権になりつつある」と。言少しく皮肉過ぎ、妙な言い回しではあるが、一面の真理をつかんでいることは事実といえよう。
4-6 乞食とたかり
米国における不愉快な憶い出の中の一つに乞食とたかりがある。ニューヨークもその例に漏れない。たかりは実に多い。この労働力不足の国にどうしてこんなに怠け者がいるのであろうか。
働き盛りの若者が「ニッケルをくれ」と言う。「ニッケル」とは5セントの意味である。気味が悪いから大概はくれるようにしているが実に不愉快だ。それも申し合わせたように皆5セントを要求し、1セントもなければ1ドルもない。ある二世婦人に尋ねたら、「5セントなら罪にならない」と言う。つまり1ドル以上に高くなると強盗の「身ぐるみ置いて行け」といった類になるが、5セントなら乞食だという。たまには25セントもあるらしいが、大部分は5セントずつ集めては酒に浸っているのだという。
乞食と強盗の境界は要求の方法にあるのではなく、5セントという金額にあることを聞いて一寸開いた口が塞がらなかった。いかにも米国らしい考え方ではある。
人間の住むこの世の中において、1億以上の国民が1人の例外もなしに全て善者、努力家、勉強家であるなどとは到底考えられない。もしこの例外だけを見て、その国を云々することは非常な誤りだ。乞食とたかりも米国のこの「例外」の範疇に入るものであろう。
4-7 給料
9月5日、ニューヨーク・セントラル鉄道の一番大きなハーモン機関区へ行く。給水処理について種々検討した後、時間があったので機関区員その他の給料を聞いてみる。
機関区長-月給 507ドル(18万円/月)
助 役-月給 417~446ドル(15~16万円/月)
技工組長-月給 340~400ドル(12~14万円/月)
エンヂンディスパッチャー-月給 294ドル(11万円/月)
検 査 掛-時給 1.798ドル(650円/時)
製缶技工-時給 1.738ドル(625円/時)
ホスラー(入換機関士)-日給 11.25ドル(4,050円/日)
局では、
車 両 長-月給 1,100ドル(39万5千円/月)
ロード・フォアマン・オブ・エンジン(運転監督)-月給 520ドル(19万円/月)
事 務 長-月給 260ドル(9万4千円/月)
機関車乗務員では、
機 関 士-月収 500~600ドル(18~22万円/月)
機関助士-月収 300~450ドル(11~16万円/月)
1ドルを360円にして換算すると恐ろしく高給なのに一驚する。日本人の10倍、ないし20倍になろう。本線を運転する機関車乗務員の給料は、時には機関区長より高給の場合もある。事務関係は想像外に安い。
物価は日本に比較して5割増し。もちろん物によって違うし、例えば砂糖、塩、毛布、木綿、石油などは遙かに安いけれど、人工の加わった衣類、建物などはかえって高くなっている。極端な例は理髪代で、日本式に、頭の髪の毛を切り、顔を剃り、洗髪したら、1千円では済まない。食料は日本とだいたい同じと感じた。
要するに、日本人の給料を15倍して物価を5割高にすると、米国並みの生活になりそうに思える。
相手にばかり尋ねている間は何事もなかったが、逆に私の給料を聞かれるに及び、相手は非常に驚いたのである。
「福島さん、あなたの給料は?」、「1万5千円です」
「素晴らしい!! 大変な高給ですね」、「いえ、42ドルです。1ドルが360円ですから」
「42ドルですって? それは週給ですか、1日分ですか?」、「月給です」
「1ヶ月に42ドル!? 本当ですか!?」
不審に思うのも無理はない。欧州で一番低賃金のイタリーでさえ米国の1/6はあるし、英国は1/2だという。日本が1/15だとすると、余りにも違うこの差は根本的に検討せられるべきものと思う。この点を解決しない以上、国際間のバランスは保たれるものではあるまい。
■この1ドル360円の交換レートが、1971年のニクソン・ショックで308円、さらに1973年の変動相場制移行、1985年のプラザ合意などを経て、今日では120円前後と1/3になっています。私が最初に訪米した1993年頃は何と80円台でした。為替相場が日本のブラス・モデル業界の盛衰、また近年の中国製品の台頭と、我々の趣味、否、生活全般に影響を与えているわけです。
NYCのハーモンはNYC時代、グランド・セントラル・ステーションから33.2マイル、52分の地で、ここで電気機関車を蒸機に取り替えたのだそうです。「Croton-Harmon(http://en.wikipedia.org/wiki/Croton-Harmon_%28Metro-North_station%29)」という場所に現在、メトロ・ノースの駅があって、ヤードらしき線路が見えます。グーグル・ローカルhttp://maps.google.com/を使って「1 Croton Point Avenue, Croton-on-Hudson, NY」で検索してみてください。
>>【ペンシルベニア鉄道】
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