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2006/02/12

国鉄技師訪米記16:ワシントン

9月27日夕、拳闘のジョー・ルイスのカムバック試合を聞く。
melma! back issue 2006/02/12 Vol.178 total 273 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 16

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

7 ワシントン

 ナイアガラの滝を見物してからバッファローに泊まる計画であったが、これを変更して再び夜行列車でワシントンへ直行、9月24日(日)米国の首都に入った。
 ユニオン・ステーションに降りて外へ出ると、連邦議会議事堂の丸い屋根が緑深い公園の中にそびえている。シカゴで紹介していただいた角田さんを訪ね、御親類の遠藤典夫さんのお宅に下宿するよう手配していただく。米国に来たからには一度は二世の方々とゆっくり話をしてみたかったし、それにホテル住まいより下宿の方がはるかに経済的であると聞いていたので、無理をお願いしたわけであった。
 案内書には次の様にある。

「米国の首都であると同時に雄大な眺めの美しき都でもあり、全世界からの旅行者を十分楽しませてくれる。戦後の人口は915,000に達し、今から160年前ワシントン将軍が首都の土地をポトマック河畔に選んでから、眠っていたこの町は急激に拡大していった。景色の良いのに加えて政府の機関も、また歴史上有名なところも多い」
 街の中に大公園があるというよりも、落ち着いた公園の中に諸官庁と住宅があると言ったほうが適切かもしれない。
 夜には真白いライトで浮かび上がったキャピトル【連邦議会議事堂】、緑の小山に立つワシントン・モニュメント、大理石造りの豪華なリンカーン・メモリアム、静かに整然と眠る無名戦死の墓など、どれも総てが素晴らしい絵であり、強い印象を残してくれた。
 ただホワイトハウスは大統領の官邸ではあるが、その周囲はあまり綺麗とはいえず、落ち着いた気分が見られなかった。
 大工業を持たず煙のない街、確かに住んでみて気持ちの良い静かな大都会であろう。

7-1 野球

 9月24日(日)遠藤さんと一緒に野球見物に出かける。アメリカン・リーグのワシントン対フィラデルフィアの試合だが、いずれも成績は上位ではない。米国のメジャー・リーグは16チームあり、各々都市を代表していて、
   市       アメリカン・リーグ  ナショナル・リーグ
 ニューヨーク   ヤンキーズ      ジャイアンツ
 ボストン       レッドソックス     ブレーブス
 フィラデルフィア アスレティックス    フィリーズ
 シカゴ        ホワイトソックス   カッブズ
 セントルイス   ブラウンズ       カーデナルズ
 ワシントン     セネターズ         -
 クリーブランド  インディアンズ        -
 デトロイト      タイガーズ          -
 ブルックリン        -         ドジャーズ
 シンシナチ         -        レッズ
 ピッツバーグ       -        パイレーツ
 5つの都市は両リーグの2つのチームを有しているが、それ以外はどちらか1つだけである。正式試合は必ず対戦2チームの何れかの都市で行われるので、例えばヤンキーズとタイガーズの試合はニューヨーク市かデトロイト市の何れかで、他の都市では行われない。日本の職業野球に例をとれば、読売ジャイアンツと大阪タイガーズとは東京か大阪だけで、2チーム相携えて北海道へ行くようなことはないわけで、この点は日本の方がより大衆的といえるかもしれない。
 特に試合を見て感じたことは、どの選手も素晴らしく足の早いこと、野手がボールを取ってから投げるまでのモーションが早いこと、投げられた球は早くてかつ正確なこと、盗塁のときはスライドが物凄く恐ろしいほど乱暴に感ぜられる点などであった。ストライクゾーンがかなり低いようにも思われた。
 ナショナル・リーグの球審はプロテクテイング・チョッキをしているので、プロテクター無しではないかと見誤った。打者と捕手の中間後方より球を見ていて、右打者のときは左へ、左打者のときは右へずってジャッジしていた。アメリカン・リーグの方は日本の球審と大体同じであった。
 自分の都市チームへの声援はまことにはっきりしていて、ちょうど東京の子どもたちがジャイアンツを応援する姿によく似ている。打てば喜ぶし負けると悔しがる。
 この試合は、地元声援が効を奏してか3対1でワシントンの勝ち、しかしもう順位に影響がないためか見物人はごくわずかであった。
 夏は野球、冬はフットボールと、アメリカのスポーツ界の王座を占めるのはこの2つだと思っていたが、現在の一番はバスケットボールであるという。

7-2 テレビジョン

 テレビジョンは各家庭にあるわけではないが、かなり普及している。目に悪いとか、子どもが勉強しなくなるとか言って、買う余裕があるのに備えない家庭もある。
 テレビジョンの像は200の線から構成され、かなり明瞭に出るし、見ていて確かに楽しいものに違いない。特に拳闘の試合には適当で、野球のように小さな球が早く飛ぶこともなくまことによく分かる。
 当然の事ながら、一生懸命に見ている途中に広告をいきなり出されるのは興醒めなものだが、その出し方を中々考えている。例えば拳闘の試合中、ゴングと共にフラフラになった選手が椅子にもたれ傷口を洗ってもらいながら水で口をそそぐと、「彼はのどが乾いています He's thirsty」というアナウンサーと声と同時にいきなりビールの広告に変わり、ビールが泡立ち、それを息もつかずに飲んで見せる。見ている方まで思わず唾を飲むほどの手法だと感心した。野球のときも、ニュースの途中にさえも広告を見せられることがある。

 映画をテレビジョンで放映し出してから映画館の入りがだいぶ減ったという話も聞いたが、映画館で見るほどには面白くない。第一、目がちらついて疲労を感ずるのが嫌であった。
 野球では大体4台の撮影機が同時に稼働して、技師室に投手、打者、野手、観衆と違った映像を送り、その中から技師が「投手」、「観衆」と適当なものを上手に選んで放送するのである。
 9月27日夕、拳闘のジョー・ルイスのカムバック試合を聞く。絶大な声援を受けていたが、10対5で敗れ去ってしまった。
 テレビジョン・セットは200~300ドルもするが、もちろん月賦制度で売っているため、普通の俸給生活者でも設備することは、そう困難なことではなさそうであった。もちろん放送局から50マイル以上遠いところでは電波の到達距離の関係でよく見えない。ラジオは聞こえるがテレビジョンは見えない地方がかなりあるわけである。

野球の試合は私の1993年の訪米でも、シカゴ・リグレー球場でカブス対マーリンズを観戦しました。西武にいたマーリンズのデストラーデがホームランを打ったのに大ブーイング……ということはそのファンが誰もいないということで、フロリダからわざわざ応援に来ることがないのかとも思いましたが、この年、マーリンズは発足したばかりなんですね。また、このホームラン・ボールがグラウンド内へ投げ返されたのにもビックリしました。

 テレビの方は、日本のNHK放送開始が1953年(昭和28年)2月1日ということですから、この文の2年半後です。

 ジョー・ルイスというのは、ヘビー級チャンピオンとなった伝説的ボクサーのことだと思われます。1950年にEzzard Charlesとの復帰戦で敗れたとあります。

>>【ボルチモア・オハイオ鉄道

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