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2006/02/01

国鉄技師訪米記6:ペンシルベニア鉄道

melma! back issue 2006-01-30 Vol.168 total 269 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 6

このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。

5 ペンシルベニア鉄道

 営業距離9,714マイル、機関車3,607両、貨車196,505両、客車6,913両を有するペンシルベニアPennsylvania鉄道は米国の東部における最も大きな鉄道会社であるし、諸施設の近代化の先端を行くものとして我々鉄道人の目標の一つでもある。
 本社はフィラデルフィア市の中心にあり、東はニューヨーク、西はシカゴまでを運営している。9月18日より1週間この鉄道を見学させてもらうべくフィラデルフィアに出かけたのが14日であった。車両局長コーバー氏は不在で次長のウッド氏が世話をしてくれる。

5-1 エノラ操車場

 フィラデルフィアの西方8マイルのところにペンシルベニア鉄道随一の大ヤード、エノラ・ヤードがある。一日の取扱車両数(ハンプにかかるもののみ)7,000両で、西向きと東向きのハンプに分かれ、43線ずつを有している。
 ハンプの作業には制動を掛けるブレーキマンは一人もおらず、全部カーリターダーCar Retarderで処理している。カーリターダーと転轍器を取り扱うためにはわずか3カ所に塔Towerがあるだけ、その塔には各1人ずつ扱い者を置き、結局3人で6,000両以上の仕分けをすることになる。カーリターダーは圧力を4段階に加減できるし、その保修には非常な努力と経費をかけている。平均42フィート半(13m)の貨車が全くブレーキを掛けられることもなくカーリターダーだけによって43線に間違いなく分けられ流されていくところを見ると、文明の力の偉大さを染々と感ずる。

 案内してくれるアシスタント・トレインマスターAss. Train Masterのクリスト氏は「この塔の3人の作業者の技術如何に鉄道運営がかかっている」と説明する。
 解結表は列車が到着する前に、すでにテレタイプによって放送され、車の順序、番号と中身がヤードには分かっている。これにヤードマスターまたは補助者が落とすべき線の番号と車の中身の重さによるカーリターダーに必要な圧力の種類を決定し、塔の作業員に手渡しする。ヤードマスターは机の前で判を押しているのではなく、自ら陣頭に立って指揮をしている。
 ブレーキマンがおらぬのでかなりの速度で貨車と貨車とが衝突して、もし鋼製車でなかったならば相当両数の破損車を出すことであろう。「衝突するときに時速4マイル以下ならば安全だが、5マイル以上になると破損の危険がある」と説明してくれる。この限界は実際に実験した結果から求めたものであるという。

5-2 ハリスバーグ機関区

 蒸気機関車庫とディーゼル機関車庫とに分かれているが、この二者のコントラストは著しい。すなわち前者は老巧で薄暗く中も汚いが、後者は新しく明るく、如何にも作業し易く施設されている。
 日本の転車台Turn Tableは中央のコロで重量の大半を支える1点支持になっているため、回転に要する馬力は小さく済んではいるものの、台枠のひずみが大きく、中心のコロを持ち上げるため、転車台と線路との高さの差が大きくなり度々故障の原因になっている。ところがこの機関区のものは、米国の大部分と同じく、中央と両端に重量が掛かるいわゆる3点支持法が採用されていた。回転に対する馬力は相当大きく(100馬力以上)なければならないが、台枠のひずみは少なく、したがって故障も少ない。国鉄でもD52やC62級を載せるにはこの方式を適応しなければ無理だろう。

DSCF2190a  砂乾燥のために図のような装置がおいてある。貨車から落とされた砂はベルトコンベアーで揚げられ、第1のホッパー内を滑り落ちるまでにスチームパイプによって熱せられ乾燥する。さらに圧縮空気で第2のホッパーに揚げられ機関車に補給する。国鉄の機関区で度々見られるピットの上に鉄板を置き、その下から火力であぶり、炭水手が2、3人で砂をひっかき回している姿とはだいぶ違う。

 蒸気機関車の動軸にはグリースを利用し、油は使用していないようである。動軸の下側に1/16インチの鉄板を当て、その下の硬質グリースが3/16インチ径の穴から上がり出て、潤滑作用をしている。グリースの下側にも鉄板があり、1個のスプリングで持ち上げられている。
DSCF2191a 「1個では不安心でしょう。2つまたは3つにしては」と尋ねると、「今まで折れたことがない」と済ましたものである。この機関車は6カ月間に10万マイルを走り、その間この軸の手当ては全く不要であるという。ローラーベアリングに比較して経費は非常に安く済むし、手は掛からず、軸焼損も少ない点を考えると、国鉄に採用できそうな気がする。

 ディーゼル電気機関車修繕庫は4段になっていて、作業員はかがむ必要なく、立ったまま、検査修理、部品取替ができる。軌道は柱で支えられ、その間は自由に通れるし、車輪を検査するところは室外よりの採光が不可能なために一列に長い蛍光灯によって照明されている。屋根を点検するための位置にも台を設けている。
DSCF2192a
 台の高さ、照明の位置、建屋の大きさなどは、機関車製作会社で作業研究の結果から最も適したものを設計し、パンフレットにして配布している。各鉄道会社ではそれに従って計画しているのでほとんどの庫が同じ格好をしている。

 機関庫の中に先任順位表なるものが掲示されている。作業員の先任順位には3種あって、第1は就職からの年数、第2は技工に命ぜられてからの年数、第3は技工手伝いになってからの年数である。ここの最高先任順位を占めるクナイダーという技工は、就職が1889年8月5日とあるから61年の長い間連続勤務しているわけになる。この人が技工になったのが1902年6月16日(50年前)と記されていた。従業員の年齢の高いのには今更の如く驚いた次第であった。
 作業量が少なくなればいとも簡単に先任順位の低い者からレイオフRay off(一時解雇)する約束になっており、仕事の能率が高いとか、技量が上であるとの理由で先任順位の低い者を残して、高い者をレイオフすることはできない。すなわち、年齢の高い者ほど、勤務年数の長い者ほど有利になるような条件を労資間で結んでいるのである。
 例えば10月は150人分の仕事量があったが、11月に修繕施行両数が減少して80%になったとすると、先任順位の低い者から30名が解雇され120名で修繕を行い、さらに12月に10月の70%となれば15名を解雇し105名となる。1月に90%に戻れば解雇した45名の中から先任順位の高い30名を再び雇う。解雇中にはもちろん給料は支払わない。
 先任順位の低い者は解雇されたり勤めたり、全く不安定な収入であるのに対して、それが高い人々は、たとえ鉄道の作業量が減少しても、常に一定の仕事量が与えられ、一定の収入を受けることができる。
 このシステムは約40年前から採用され今日に至っているという。車庫長さんは、「自分はこれが決して完全な方法とは思わない。しかし米国鉄道の労働条件として現在、他のどの方法もこれ以上に欠点を持ち過ぎている」と説明を付け加えた。

5-3 アルトゥナ工場

 1,800名の技工が作業しているこの工場は、ペンシルベニア鉄道のみならず、米国鉄道の中でも屈指の大工場である。しかし恐ろしく管理陣営が少なく、わずかに6人のフォアマンForemanと35人のギャングフォアマンGang foremanがいるにすぎない。先任順位が決まっているために、技工採用の事務もなく、給料は小切手で本社から直接渡されるので金銭上の雑務も全くない。
 修繕線は二分され、1区画26線ずつ計52線あり、大きな矩形の建物になっている。修繕の実績は5級修繕までを含めて年間、蒸気機関車81両、ディーゼル電気機関車56両となっている。年々、蒸気をディーゼルに変えているためこの両数は常に変化している。入場日数は平均して5日を要し、あまり長くはならない。

 傷害防止には非常な努力を払い、プラスチックでできた保護眼鏡を使用することが義務付けられ、これなしでは、たとえ工場長、車両局長でも工場の作業場に一歩も入れない、もしくはこの禁をおかすと、最初は注意、次は諌告、それでもきかないときは解雇されるという。工場長の下に安全課Safety sectionがあって、課員5名が常に工場内を検査して回っている。
 眼の次に怪我の多いのは足で、特殊な靴を作り、この靴の先には鉄製のカバーを当て、相当重いものが高所より落ちても爪先を安全に保護できるようになっている。全ての技工が眼鏡を掛け保護カバー付き靴を履いているのを見ると、命令もここまで達すれば良いがと羨ましく感ぜられた。義務を遂行するのは当然なことであるが、中々実行し難いこのようなことも、一旦定められ「達」になると良く守っている。また守らなかったときには相当厳格な罰を加えることを忘れていない。

 ディーゼル電気機関車の解体作業にアセチレンガス炎【原文は焔】を用いることは蒸気機関車と変わりないが、そのガス炎を炭酸ガス放出器で消火している。3インチの長さで先が開いたラッパ形の放出器は常にアセチレンガス炎の近くに置かれ、切り落とす度に、この消火器は「ボーボー」という鈍い響きを立てて火炎を片っ端から消していく。
 棒類の疵発見はマグナ・フラックス検査Magna Flux Testを用いている。

PRRのエノラ・ヤードはサスケハナ川の西岸です。 原爆投下機エノラ・ゲイの名前の由来は機長の母親の名前とのことで、こちらは関係なさそうです。ハリスバーグは、その東、川を越えた辺りで、どうも機関区が縮小されつつある様子で、写真の方が鉄道関係の施設が多いですね。
 アルツトゥーナ(地図写真)は、さらにその西に有名なホースシュー・カーブがあります。

>>【ナイアガラの滝

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