国鉄技師訪米記25:鉄道における水処理(上)
缶用水処理は戦争中に非常に普及したものと思う……
melma! back issue 2006/10/11 Vol.202 total 307 copies
The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 27
このテキストの経緯と詳細については、第1回をご覧ください。
24 報告 米国鉄道における水処理
[1] 米国の水質と水源
出発前に日本で想像していたことは、米国の水は日本と比較してかなり悪いであろうという点で、満州のような大陸の高硬度を考えていた。しかし現地の状況を調べ、また色々と報告を見せてもらうと、意外にも日本のそれと非常によく似ていて、硬度の高いところで10~15度、低いところは2度ぐらいまで存在し、正確にはとてもつかめなかったが、国鉄に非常に似ている鉄道もかなり存在している。
米大陸中で硬度の高いのは、西南と東南の山岳地帯とシカゴの南方で、東部と西北部は低く比較的水質は良い。しかしこれはだいたいの平均値を示すのであって、もちろん同一近接地帯でも硬度の高いところと低いところとは存在する。
缶用水には日本と同様に井戸水、水道水、河川を利用していて、何れに統一するということもない。機関車用水は原則としてその他の目的(たとえ飲料)には利用しないので水処理は日本の場合に比較して制限を受けず楽である。インディアナポリス郊外にイーグルクリークがあり、ここでニューヨーク・セントラル鉄道の機関車が給水しているのを見たが、この給水は河の水をとり、河の水底から10フィートの下まで鋼管を入れ、10フィート厚さの砂利によって濾していた。
[2] 缶水の処理
国鉄が戦後施行していた洗缶直後に清缶剤を一時に投入する方法は、どこにも見られない。米国鉄道における処理方法は、大約して3種に分類される。
テンダーまたはタンクの中へ清缶剤を投入する方式をいい、最近国鉄でもこの方式を採用しつつある。しかし国鉄の方式と異なる点は、テンダーの中へ大煙管を立て、その中に固形のボール状の清缶剤を入れるのであって、それは常温において約8時間で溶解する。図はそれを示したもの。ボールが1ポンドに形成されているため「A形式機関車がB機関区にて水をテンダーに1ぱい採ったときにボールC個入れよ」というだけの指示で済むし、実行もまた実に簡単である。ボールには色々種類があり名称も異なっており、水質に適合したボールを自由に選ぶことが出来る。国鉄が今回輸入したものは、AZZ-Tボールといい、炭酸ソーダ、リン酸ソーダ他有機物をかなり含んでいる。
(2)ウェイサイドWay Side式
缶用水をテンダーに給水する以前に、清缶剤を缶用水に混入せしめる方式である。図のようにAタンクの中に清缶剤を入れておき、そのタンクの水(清缶剤濃厚液)に原水を混ぜて給水タンクBに導く。
Aタンクの中に清缶剤を投入するには人の手に依らねばならないが、清缶剤の濃厚液と原水との混合割合を適当に調節しておけばあとは自動的に一定割合の処理水がタンクに上げられる。Aタンク中には攪拌機があり、濃度は飽和の状態に置かれているし、Bタンクの下には固形分を取り除くバルブが付いている。この方式が米国において最も普及されている。
テンダー投入法の場合は缶に注入される清缶剤の量が時間的に変化し、時には濃厚に、時には全然清缶剤を含まない水が入る場合もあるが、このウェイサイド式に依れば規定量の清缶剤を入れることが出来る。
またBタンク中に沈殿した炭酸カルシウムなどを事前に取り除き得る点もその長所である。
(3)ゼオライトZeolite式
国鉄の缶外処理方式と称するものに相当し、正確は表現は「缶外イオン交換処理方式」となる。テンダーに取り入れる水が既に処理されていることは前のウェイサイドと同じであるが、清缶剤を投入するのではなく、イオン交換剤を用いて水が処理タンクの中を通るときに水中のカルシウムとマグネシウムのイオンをナトリウム・イオンに置き換える方法で、ある程度進むと変換するナトリウムが無くなってしまうから、次に還元用の塩水を通す。この還元作用で塩水のナトリウムをまた取り入れる。すなわち塩水からナトリウムのイオンをとり原水にナトリウム・イオンを与え、カルシウム・イオンとマグネシウム・イオンを取り除く。
換言すれば塩水のナトリウム・イオンと原水のカルシウム・イオンとを交換するわけである。イオン交換剤には、グリーンサンドGreen Sand、ゼオライトZeolite、ナルサイトNalcite等が使われている。
国鉄でも交換剤に、ダイヤイオンDiaionを用いた缶外処理装置が、門鉄若松機関区に設けられている。建設費の高いのが欠点となるが、しかし処理方式としては理想的なものに違いない。
米国におけるゼオライト方式は原則として自動的作用の機械を施設し、人手のかかることを極度に避けている。
時計仕掛けにより、先ず10分間水洗いした後、自動的に濃度一定の塩水を適当時間通し、また水洗いに移り、その後で缶用水に切り替えて処理工程に入る。硬度を測定して切り換えるのではなく全部時計仕掛けを用い時間的スイッチを入れ換える方式が採られている。要するに硬度を減ずるためのみではなく、人件費の節約のためにも、ゼオライト方式が採用されているわけである。ボルチモア・オハイオ鉄道のリバーサイド機関区ではわずか3.5度の水に対してゼオライト方式を採用していたが、人件費の節約が米国における最大の強みである点は見逃せない。
給水処理方法の例としてユニオン・パシフィック鉄道を挙げると、給水箇所102の中、
ソーダ灰またはソーダ灰とナルコボールの併用 10カ所
石灰とソーダ灰ソデユームアルミメートとナルコボールの併用 48カ所
ハイボクロレート 5カ所
ナルコボールのみ 19カ所
アンチフォーミング剤(ナルコ製)のみ 4カ所
ゼオライト方式 5カ所
処理せざるもの 1カ所
となり、ゼオライト方式は5%に過ぎない。しかし硬度の高い水を使用しているサザン・パシフィック鉄道においては64カ所(全給水箇所の18%)がゼオライト方式を採っている。すなわち「硬度の高いところは缶外処理方式が有利であるが、硬度の低い場合には缶内処理の方が経済的になる」点は米国でも日本でも同一といえよう。
[3] 水処理の歴史
米国においては水の研究はもちろん相当前より行われていたし、鉄道以外においても広範囲に、水処理の問題は常識化している。滞米中一家庭を訪問したとき、そこの主婦が米国の家庭生活を説明してくれた後、最新式の蒸気の吹き出るアイロンを見せながら、「これは温度調節が出来るし、蒸気も出るため真に便利です。しかしこの中に入れる水は蒸留水でなければならない。もし普通の水を使用すると、カルシウムとマグネシウムのスケールが着いて駄目になってしまう」といっていた。
また、前述のイオン交換水処理器は米国ではウォーターソフナーWater Softnerといって家庭用の大きさのものはデパートでも売られているほど普及している。もちろん石鹸の節約になるからである。
シカゴのフィッシャーさんというベル会社の電気技師の新築家屋を見に行ったとき、地下室に2つのWater Softnerがおいてあるが、最近使用したようにも見えないので、それを尋ねると、氏曰く「前に住んでいたところの水の硬度は高かったのでこれを使っていたが、シカゴは測ったら4度しかないので、使用した方が得か損か今検討中である」と真に完璧な答えをする。一般家庭における水に対する知識の高い点はこの2つの例でもよく分かると思う。
このような米国においてさえ、清缶剤会社は50年前から営業しているものの鉄道の缶用水処理が徹底的に施行されたのは最近5~10年のことであるらしい。この点資料不足でよく分からないが、3カ所の機関区での答えを基礎として想像するならば、戦争中に非常に普及したものと思う。我が国有鉄道ではそのとき「物資不足」に名を借りて、清缶剤の使用に重点を置かなかったことに比較し、余りに相違が大きすぎるように思う。
[4] 清缶剤の価格(1950年9~11月)
広い米国の中では輸送費が相当大きく影響するため、価格については常に製造所からの距離を考えなければならない。清缶剤および缶水処理に関連する物資の価格は、
セント/ポンド(円/kg)
石炭 0.6( 4.80)
ソーダ灰 1.5( 12.00)
ソディュームアルミ 7.0( 56.00)
ナルコボール 13.0(103.00)
アンチフォーム剤 12.0( 96.00)
ハイボクロライト 44.0(350.00)
塩 0.7( 56.00)
以上は米国中央、オマハにあるユニオン・パシフィック鉄道が1950年に購入した価格である。塩については、西海岸のサザン・パシフィック鉄道の数字は、サンフランシスコでトン当たり5ドル(1.80円/kg)、トウソンで14ドル(5.00円/kg)とかなりの幅がある。
石炭も、東部のボルチモアでトン当たり4.61ドル(1.69円/kg)、中部のシカゴは6.00ドル(2.16円/kg)で、この幅は輸送費と税金の差によって生ずる。
ソーダ灰が12円であるに対しナルコボールは103円と8.5倍高くついているのは、リン酸ソーダその他の材料を含む理由もあるが、会社における研究費と教育費が相当大幅に影響していることを忘れてはならない。日本ではこの係数は3~4倍に過ぎない。
いたずらに製品の単価を切り下げることは、一時はそれでも良いかもしれないが、経済的に無理をする結果研究を阻害し、進歩を阻止する要素になるであろう。研究に十分投資できるだけの適当な価格を定め缶水処理の改善を図ることは、日本における最大の急務であると信ずる。
[5] 缶水処理費
100日間に見た鉄道はニューヨーク・セントラルNYC、ペンシルベニアPRR、ボルチモア・オハイオB&O、サンタフェSF、ユニオン・パシフィックUPとサザン・パシフィックSPの6鉄道で、水質から判断するとSPが一番条件が悪く、B&Oが最も恵まれている。平均としてはUPが挙げられ、国鉄のそれに非常によく似ている。
ここに前述の処理方法を採用しているUPで1ヶ月間に缶水処理として支出する薬品の量を示すと、
ポンド
石炭 821,364
ソーダ灰 601,395
ソディュームアルミ 88,369
塩(Zeolite式用) 65,960
ナルコ8番 53,401
ナルコ80番 3,131
ナルコ B 11,237
ナルコ86番 34,561
ナルコ N 63,528
合計の金額は48,550ドルに達し、その水消費量が625,549,000ガロンであるから、1トンの水処理に0.0205ドル(約7円)かかっていることになり、国鉄における費用の4倍近い。物価はソーダ灰も塩も1ドル360円として、日本より安値であるから、この国鉄との差は更に大きくなろう。換言すれば、この鉄道では国鉄の清缶剤消費量に比較して4倍以上のものを使用していることになる。
ちなみに1トン0.0205ドルで計算すると、国鉄の年間所要は2億6600万円になり、これだけ費用をかけても、石炭の消費節約と缶修繕費の節約額の方がはるかに大きいのである。
[6] 清缶剤会社
清缶剤会社は日本と同様に実にたくさん存在している。しかし鉄道と契約しているものは意外に少なく前述の6鉄道には、わずかに「ナルコNalco」と「デューボンDearborn Chemical Co.」との2社のみが納入しているに過ぎない。もちろんその他ソーダ灰、石炭などは別に買い入れてはいるが。そしてこの2つの会社は、ただ清缶剤を売っているだけではなしに「清缶技術」をも売って鉄道を水の点で教育している。
インディアナポリスへ私が行ったときの例を挙げて説明しよう。この土地は水の硬度の高いところであり、NYCの重要地点で、ビッグフォーBig Fourという大きな局がある。その局には水の担当者はわずか一人だが、清缶剤会社の技師が同室に机を置き彼を補助している。 3人の会社員は自動車に積んだ分析器で、鉄道の給水機の水と、機関車の缶水を分析試験して、清缶剤の投入量を定め、かつ清缶処理の当否を検討している。自分の会社の清缶剤の使用量を自分自身で定め、それを鉄道側に指示すると、それに従って鉄道従事員は所要清缶剤を投入する。日本の現状では到底想像もつかない姿であろう。もちろん所要量と使用量とは会社の人から鉄道本社に報告され、鉄道から会社へ清缶剤費が支払われる。会社の技師は常に缶用水と缶水とを注意し、缶水処理の適不適を検討していなければならない。時には所要量を増加せしめ、また時にはそれを減ずることさえある。私が10月21日、インディアナポリスのイーグル・クリークへ行ったときに、ちょうど缶用水の処理水の分析が済み、使用量を減少せしめる報告を作っているところであった。
要するに米国においては、鉄道と清缶剤会社とが信用と信用とによって結びつき、お互いに助け合っているのである。こうすれば鉄道には水関係の技術者は非常にわずかで足りることになり、深い研究は会社にまかせ鉄道はそれを利用し、お互いに人件費の無駄を省略できる。
ボルチモアの研究所を訪れたとき、同所で有機物の分析をやっていないことを問うと、妙な顔をしてしばらく答えず、逆に「なぜ日本では分析するのか」と尋ねる。それで「清缶剤を買い入れたときに、所要の有機物が入っているかいないかを確かめる必要がある」と答えると、更に分からない顔つきで、「それはWaste Time, Waste Money, Waste Labour(時間と金と労力の無駄)だ。清缶剤会社でタンニン5%あるといえば、それを信用したら良いではないか? また分かる必要もないであろう。鉄道は要するに機関車が良くなればいいのであって、タンニンをいくら使おうと、またどんな薬品をいくら使おうと心配しなくても構わない。それは清缶剤会社の自由だ」という。
缶水処理に化学者を動員することは、鉄道自体の経営にあまり好結果をもたらさず、むしろ清缶剤会社に一切まかした方が経済的だというのであろう。それも一つの行き方に違いない。
■重さの単位で、1トンは1,000kgですけれど、米トンはshort tonといい907.184 kgです。このあたり、筆者は技術者ですから厳密に使っているはずです。
>>【[報告]鉄道における水処理(下)】
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