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2006/10/01

時局解説百科要覧

我が国最速列車燕号は、東京・神戸間距離601kmを……
melma! Back Number 2006/10/01 Vol.200 total 306 copies

 個人的な話ですが、息子の独立と親との同居の話が出て、自宅の改築を行っています。それに合わせて私も部屋を整理し、不要な雑誌、蔵書を段ボール箱50個に詰めました。友人知人に声を掛けたら、半分の25箱が捌けました。残りは古書店に来てもらって5万円になったものの、10箱が減っただけでした。ショックだったのは、2セットあった全24巻の百科事典が引き取りを断られたことです。40年ほど前には相当な金額だったのですが、今では私自身でさえ持て余していたわけで、価値がないといえばそれまでです。古紙回収に出しましたらゴミ袋10枚になりました。カミさんは、こんなにもらったのは初めてだと喜んでいました。

 それにも懲りず、新たに買い込むのは趣味人の常です。このところの興味の中心は、戦争前後に我が国の鉄道人がアメリカから得ていた知識、情報、またはアメリカに対する興味で、図書館や古書店を巡っています。
Dscf0344a_1  その中で見つけたのが表題の書籍です。戦前の昭和12年、1937年平凡社発行、ハードカバー紺色絹張り546頁の2円80銭ですから相当に高価だったと思います。この148頁から150頁に掛けて、アメリカの鉄道状況についての解説がありますので、御紹介しましょう。ちょうど流線形(流線型)の時代、まっただ中です。

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第15 最近工業技術の進歩  二 交通機関
1 各国鉄道の高速度化
 我が国最速列車燕号は東京・神戸間距離601km、客車10両を引っ張り走るに要する時間は9時間、毎時平均速度67km/hである。最高速度は現行規定のため抑えられて95km/hである。最近諸外国における最高速度は160~170km/hであるから我が国の汽車に比べて如何に速いかが想像せられるであろう。これは自動車や飛行機の進出のために非常な圧迫を被っていること、高速度ディーゼル機関を鉄道車両に応用して従来の蒸気機関車に見られなかった高速度車両を運転するに到ったためである。
 最近諸外国で高速度を誇る有名な列車は大部分ディーゼル機関を据えて、これに発電機を直結して電気を起こし、その電流を電車と同じ車軸に取り付けてある電動機に送って車軸を駆動するところの、いわゆる電気式ディーゼル動車である。しかるにこれがまた拍車となって一方に蒸気機関車をもってこれに負けまいような高速度を出す列車も現れてくるようになった。かくして今日は正にスピード競争時代という観を呈している。

 米国は国土が広いばかりでなく自動車が非常に発達しているし、それに鉄道会社が対立競争しており、国民が新奇を好み世界一を誇る風があるので、高速列車の点では世界各国を抜いている。米国においてこの種高速車両のトップを切って現れたのは、ユニオン・パシフィック鉄道の3両編成のディーゼル列車M-10000形でサリーナ市号と呼ばれるものである。この車両は1933年プルマン会社が製作したもので、現在カンサス市とサリーナ市の間の営業に使用され、300kmを3時間で走っており、最高速度は160km/hである。この車両の骨組は全部プルマン会社製アルミニウムの特殊軽合金で非常に軽量にできており、全列車に冷房装置を付けている。機関はウィントンV形12シリンダ600馬力ディーゼル機関である。
 同社ではさらに1934年同じような構造で7両編成のポートランド号というのを作った。これはウィントン2サイクル12シリンダ1,200馬力のディーゼル機関を原動力とし全列車に冷房装置を設備している。試運転に際しては、ロサンゼルス-シカゴ間3,650kmを38時間49分で走って、1905年に蒸気列車よって作られた最高記録44時間55分を遥かに破り、さらにロサンゼルス-ニューヨーク間5,210kmを56時間55分で走って1906年にハリマンが作った従来の最高記録72時間27分を完全に破った。この車両は現在シカゴ-ポートランド間の営業に使用せられている。
 同鉄道ではさらに進んで1936年の夏ロサンゼルス市号、サンフランシスコ市号、デンバー市号、という3つの豪華列車を作った。ロサンゼルス市号は11両編成で1,200馬力と900馬力のディーゼル機関を各1台合計2,000馬力、サンフランシスコ市号は同じく11両編成で1,200馬力機関を2台合計2,400馬力、デンバー市号は12両編成で同じく2,400馬力である。これらの車両はいずれも全列車に冷房装置を備え、最高速度は160~180km/hぐらいで平均速度はだいたい100km/h前後である。

 これに対してシカゴ・バーリントン会社は不銹鋼製の車両を採用し、これと高速を競っている。その最初のものはゼファー号と呼ばれ、M-10000とほとんど同時に落成した。3両からなり第1両目が動力車で、ウィントン2サイクル直列8シリンダ600馬力のディーゼル機関を具えている。最後部は展望車になっている。試運転に際してはデンバーからシカゴまで1,624kmを無停車で13時間5分で走破して従来の最高記録を5時間48分短縮した。そのときの平均速度は124km/h最高速度は180km/hであった。
 現在これはカンサス市、オマハ、リンカーン間に使用されて同区間を5時間30分で走り、従来よりも約2時間短縮している。同会社ではさらに同型の列車を多数に作り、これを「ツイン・ゼファー」「マーク・トウェン」「デンバー・ゼファー」などと命名して、それぞれシカゴ-セントポール、セントルイス-バーリントン、シカゴ-デンバー間などに使用している。最近同鉄道では7両編成1,200馬力の寝台車付のものを作り、さらに進んで10両編成のものを新製しつつある。

 その他、ニューヨーク・ニューヘイブン・アンド・ハートフォード鉄道の高速度ディーゼル列車コメット号はやはり3両編成で、グツドイヤー・ツェッペリン会社が作ったものでボストン-プロビデンス間約70kmを44分で走り、一日に5往復している。イリノイ・セントラル鉄道が昨年(1936年)新製したグリーン・ダイアモンド号と呼ばれる高速度ディーゼル列車は5両編成であって1,200馬力のディーゼル機関を有し、シカゴ-セントルイス間に使用されて従来の運転時間6時間半を5時間に短縮した。

 ディーゼル高速度列車に刺激されて蒸気列車もまた著しく速度を高めてきた。シカゴ・ミルウォーキー・セントポール・アンド・パシフィック鉄道のハイアワサ号というのは、シカゴ-ミネアポリス間に使用されてシカゴ・バーリントン鉄道の前述のゼファー号と同じ区間を同じ時間で走っている。同じ区間に平行してシカゴ・アンド・ノースウエスタン鉄道があるが、同鉄道は従来の列車を改造して速度を高め、これを「400号」と命名して前記2列車に対抗している。6両編成、同区間400マイルを400分で走破するという意味でこの様に名付けられている。従来は同区間を10時間15分要していたのであるから非常な短縮である。
 その他にもボルチモア・アンド・オハイオ鉄道はエーブラハム・リンカーン号という豪華な蒸気列車を新製してシカゴ-セントルイス間に使用して100km/h近くの平均速度を出し、従来からの米国の高速列車といわれた20世紀号を遥かに抜いている。

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 この後にドイツ、フランス、イギリスと書き進まれていますが、最初にアメリカをもってきたところに彼の国への関心の高さが判ると思います。また、他の交通機関にも筆が及び、2 高速巨船時代、3 航空文化の現状と続きます。
 
 記述で仮名遣いや、「蒸汽」を「蒸気」などと、読みやすいように直したところがあります。M-10000の「サリーナ市号」はCity of Salinaで、表記は「サライナ」の方が適当でしょう。またこのエンジンは「ディーゼル機関」ではなくて、spark-ignition distillate engine(カームバック社刊The Second Diesel Spotter's Guide)、どちらかといえばガソリン機関の方がよいと思います。その他、私が講釈を加えなくても、インターネット上に情報が溢れていますから、ご興味がおありなら存分に参照していただけることでしょう。
 
 この本、冒頭にヒットラー、ムッソリーニ、スターリン、蒋介石など40数人の顔写真が並んでいて時代を感じさせます。内容は政治、産業、文化と多方面にわたっていて、内地と満州のほか、最もページの割かれているのは支那、中国です。それに独伊米英ソと続きます。不思議なことに朝鮮半島と台湾については、からっきし触れられていません。そして、かくも彼の国の国力を認識していたにもかかわらず……。

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 太平洋戦争開戦の2年前という日本がある種の自信に満ちていた頃の雰囲気に触れて見たい方にはお薦めの一冊です。古本市場にも広く出回っています。

号数の間違いが時々あったものの、本号でメールマガジンが200号に到達しました。拙い文章を読み続けていただいた方々に厚く御礼申し上げます。

【追記】この本が国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されています。著作権が切れているのですね。>>同HPへ   本記事の読み易さを狙って一部を修正しました。2018-03-28

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コメント

メールマガジン200号おめでとうございます。いつも濃い内容のマガジンで楽しみにさせていただいています。引き続き宜しくお願いします。

お祝辞をありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します【ワークスK】

投稿: Jackおじちゃん | 2006/10/01 20:26

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