エキスポランドの事故
5月5日、痛ましい事件が起きてしまいました。私も20年ほど前、ジェットコースターの安全を維持するお手伝いをしていた経験がありますので、身につまされる思いです。原因はこれから究明されるでしょうが、遊園地の乗り物のウィークポイントは、回転曲げを受ける車軸や、衝撃の加わる溶接部分などたくさんあって、これらは疲労破壊に至りやすい箇所といえます。もちろん、この類の事故は今に始まったことではなくて、蒸気機関車の昔から、繰り返し、繰り返し、起きてきました。このブログの本題からは外れますが、ちょっと書かせてください。
根本的に、皆さんは、こんな事故を防ぐことは簡単なはずだ、と思われることでしょう。しかし、疲労破壊には、大変に難しい面があります。
それは、予兆の発見が困難なことです。
すなわち、延びや曲がりとか、摩耗は、目で見て直ぐに感知できます。しかし、疲労はそうではありません。深く静かに進行するのです。そして、ある日突然、折れます。
疲労には3つの段階があります。先ず第1は、文字通り、疲労がたまる段階で、外から見て全く判りません。第2は、微細なクラック(ヒビ)が発生して進展する段階。そして第3は、残存部分で持ちこたえ切れなくなって破断というステップです。
この第2段階のクラックを早く発見すればよいのですが、これが大変に難しいのです。
「ヘアークラック」という呼び方があります。髪の毛の様に細いヒビという意味です。疲労によるクラックは、旋盤のバイト目や溶接のビードの中に隠れていることが多く、肉眼で確認できることは極めてまれです。そのため、磁粉探傷、超音波探傷、カラーチェックといった検査を行うことになります。この内の磁粉探傷が鋼材に最適で、実用的な検査方法です。ただ、機械と準備が大がかりで、操作や判別にソコソコの熟練を必要とする上に、予め怪しいところが判っていないと、実際に効果を上げることは困難です。ですから、分解検査を実施したところで、発見できないことは十分に考えられます。また遊園地単独で、機材と専任スタッフを抱えることは経済的にも大変なことです。まさにここに、行政、あるいは遊園地協会がこれから考えていかなければならない点があると思います。
ではたった今、どうしたらいいのかといえば、それは、毎日の打音検査しかありません。
蒸気機関車の周囲を機関士がテストハンマーを持って、あちこちを叩いて回るシーンを写真や映画で見た記憶を、多くの皆さんはお持ちのことでしょう。
余りに原始的ですが、これが凄いのです。差し障りがあってここには披露できないものの、私がかつて在籍していた会社では、これに何度救われたか知れません。いつもは、「カーン」と響く音が、「ガーン」とか「ゴーン」と鳴れば、たちどころに異常が判ります。単に叩くだけですから、たくさんの箇所を短時間に調べられます。クラックは音色を鈍く変化させます。また、ボルトの弛みも判ります。
同じ検査員が毎日、同じ手順で確認する。これが大事なのです。
エキスポランドの場合、マスコミに報道された、1年毎の分解検査の延期よりも、この毎日検査の方に問題があった可能性があります。担当者が楽な姿勢でコースターの足回りを見て回れる検査施設が、完備していたのでしょうか。
他にも疲労破壊には、事前の強度計算を省いた思わぬ箇所で発生するという面もあって、三菱トラックの失敗など、枚挙にいとまがありません。個人的な経験から言わせてもらえば、設計での考慮不足が原因だったことの方が、溶接や機械加工といった作業上の偶発的な欠陥よりも、遥かに多いのです。
ただし、最初から完璧な機械を設計することは神様でも不可能です。ですから、定期的で地道な検査と、その結果を設計や運営体制にフィードバックするシステムの存在が必要不可欠であることは、言を待ちません。今回の事故でも、この組織上の欠陥にどこまで迫れるか、という点が再発を防止するための大きなファクターとなります。
ところで、大昔の写真フィルムを整理していたら、電車の合間に、遊園地のジェットコースターがたくさん写っていて、感慨に耽ってしまいました。もちろん、エキスポランドもあります。背広姿でウロウロしたのですが、恥ずかしかったという思い出は全くありません。仕事に燃えていたのでしょうね。宝塚ファミリーランド、奈良ドリームランド、八瀬遊園、狭山遊園、阪神パーク、ポートピアランド等々、懐かしい名前ばかりです。
【追記】その後の新聞報道(5月7日読売新聞夕刊)に拠りますと、「年1回の定期検査で車体を解体し、超音波で車軸内部の傷も調べてきた」とのことですが、これには怒りを感じます。だいたい、超音波検査は、予め疲労亀裂の入る位置が判っている場合に、そこを目がけ超音波を発射して反射エコーを調べる検査で、内部がレントゲン検査の様に鮮明に判る様なシロモノではありません。ただ、エコーの減衰率を継続的に測定して、材料の老化を判断するという根拠のない検査もありますが、圧入してあるベアリングや車輪を抜かないで検査できるというメリットがあって、これだけでもズサンな検査体制が露見していると私は思います。
【追記2】要は、「事故は絶対に起こさないぞ」という意志ですね。検査方法は、それを実現するための単なる手段の一つです。それさえやれば「全てOK」という免罪符ではありません。営業的な利益を得ながらだって、無事に運営している遊園地はたくさんあります。特に初期の"ヘアークラック"は、執念がなければ磁粉探傷でも見つけるのは困難です。
【追記3】今朝の新聞報道(読売新聞5月11日付)に拠れば、疲労亀裂と思われる波状面が見つかったとのこと。たぶんそうだろうと思います。一説によると、この波の数を顕微鏡で数えると、亀裂の進展する力の掛かった回数が分かると言います。すなわち、いつ傷が入り始めたかを予想できるということですが、大変な作業なので私には経験がありません。また、傷が疲労ならば、原因は構造的なものですから、他の車の同じ軸にも入っているはずです。ただし、それは設計や製造に責任を転嫁できるものではなくて、あくまで、運営側が検査で防がなければいけなかった問題です。
また、国土交通省筋が対策として、担当者の教育や資格の強化、検査結果報告の細密化を検討しているようですが、他の業界での事例や、要員確保、費用などの面で、実際に効果を上げられるかは疑問です。本質的にはトップの意識ではあるものの、その全員に求めるのは不可能ですから、実現可能な対策は、専門検査機関の創設だと私は思います。
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コメント
最近、電車の保守をしていた人達と交流出来る集まりに所属しています。応力集中、金属疲労についていろいろな実例を挙げて説明をしていただくことがあり、参考になります。
現場の人たちの経験は貴重なものです。「こんなクラックが入った。でも壊れなかった。」とか「たいしたことがないと思っていたら、台車にひびが入って運休した。」など興味深い実例がたくさんあります。
一応理論は分かっているつもりですが、その具体例を聞くと驚くことの多いこと。
安全率の話も興味深いものです。旋盤の挽き目の話がありましたが、それも伺いました。
三菱のトラックの事故の車軸の設計で応力を分散させる工夫がなかったことには、私も憤慨しています。
投稿: dda40x | 2007/05/07 21:23
物理現象でも社会現象でも、森羅万象、人智の及ばない部分は必ずあります。人事を尽くして、ひたすら謙虚に対応しなければならないと私は思います。
投稿: ワークスK | 2007/05/07 22:33