緩衝器の基本的な働き
ここ4回、連結器を話題にしてきた中で、分かり難いのは緩衝器の仕組みです。解説がないか、とウェブや書物を探してみたのですが、生憎見つかりません。手持ちの資料も一昨年あたりに処分した一切合切の中に入っていた様な記憶だけで、覆水盆に返らず……。というわけで、言い出した手前、ざっと説明しようと思います。
さてインターネットで唯一、緩衝器の作用に言及していたのは、実物のメーカーである住友金属の製品案内で、次の絵がありました。ただしこれ、専門の技術屋を前提にしているようで、素人は何のことかチンプンカンプンだろうと思います。【画像はクリックで拡大します】
ではまず、右の「Wアクション」型という方に注目してください。この3つのイラストの一番上に、ピン孔のあいた、横に細長いものがあります。これが「緩衝器枠」で、下にある写真で大きな開口部のある部材です。(適当なものがなかったので、ちょっと形が違うところは目を瞑ってください)
そしてWアクションで黒く塗りつぶしている部分が、車体の台枠(伴板守:ともいたもり)です。2つのバネに挟まれた真ん中の少し厚い縦長のものを「伴板(ともいた)」と呼びます。ここまで来たら、どのようにバネが作用するか分かりますよね。
さて、ここからが問題。
長年、標準だった左の「従来品」の説明です。従来品のWアクション型との違いは、バネが1個で伴板が2枚というところです。次の図でバネは分かります。緑色に塗った部分が前後2枚の伴板です。
連結器が圧縮される=右方向へ動くと、緩衝器枠(図では「連結器わく」)に押されて、前の伴板(長い方)が右へ動きます。しかし後ろの伴板は動けないので、バネが縮みます。すなわち、後ろの伴板(短い方)と緩衝器枠が離れます。
反対に連結器が引っ張られる=左方向へ動くと、緩衝器枠も引っ張られて左へ動き、その後部が後ろの伴板を押します。しかし前の伴板は動けないので、バネが縮みます。そう、前の伴板は緩衝器枠と離れます。
すなわち、緑色の伴板は、緩衝器枠からも車体からもフリーになっているのです。ここのところが一番難しい点です。これを知ると、住友金属の絵が理解できます。
この構造で一番肝要なのは、緩衝器枠の内面寸法と、伴板守の2面寸法をピッタリと合わせる点です。そうしないと、僅かな前後力でもガタガタと振動が発生してしまいます。
ならば当然、Wアクション型の方が構造的に隙間が無いから滑らかで乗り心地が良いはずです。なのに、そうではなくて、なぜ従来型が広く採用されてきたのでしょうか。
その一つの理由は、十分な緩衝作用を行うためにはある程度のマス=体積が必要で、昔は良い材料・構造が無く、この方法がバネ1個で引張と圧縮の両方に利かせられる巧みな構造だったのだと思います。
さらに、Wアクション型のバネが柔らかだと、僅かな前後力でもチョコチョコと動いてしまいます。前後振動は乗り心地の中でも最も不快なものなので、これを避けるために初圧を掛けて1トンや2トンという弱い力ではバネが全く働かないようにしたということです。
ですから、このWアクション型には、見かけに拠らないノウハウが詰まっていて、荷重撓みや減衰の特性、さらには耐久性といった面で自信のある製品なのだと思います。
モデルでの緩衝器ですけれど、多くは引っ張りだけにバネ作用を付けるもので、ケーディーのOゲージ用あたりもそうだと思います。HOの#6は推進方向にバネが利きますが、センタリングが主目的です。左はAll Nation模型店から1950年代に発行されたカタログに掲載されているもので、形態から大いに期待したのですが、よく観察すれば残念ながらこれも引っ張りだけの様です。
右のものは、あるベテラン・モデラーから引き受けたガラクタ一式の中にあったもので、これはWアクション型と原理が一緒で、引張と圧縮双方にバネが利く構造です。まあ、dda40x氏の長大編成用ショック・アブソーバ付は別格で、モデルではこの程度が妥当だと思います。
ところで、一部の方は気が付かれたと思いますが、住友金属関係は別として、実物の連結器がどうやって首を振るのか、不思議ですよね。普通に考えたら、次の写真のように連結器の根元にピンがあって、左右に首を振れるようにしておかなければいけないはずです。(ただしこれは密着自動連結器tightlock couplerですから縦にも振ります。本記事の2点の写真は何れもCar Builders' Cyclopedia 1957年版からの転載です)
前述の説明図は例の小坂狷二著「客貨車工学(下巻)」にあるもので、皆さんに理解してもらいやすいように着色等一部改変しています。で、解説は次です。
「自動連結器は曲線通過の際、所要量だけ首を振れないと無理が起こり、時に脱線する。米国の客車には胴の長い連結器を用いている。これは出入台緩衝器取付に便利で、また首振りも楽である。本邦では客貨車共通に短い柄の連結器を用いており、無理が起こるので客車のものは図のごとく首振り枠に改造した。これは連結器頭と伴板守との位置の制約を受けつつ狭い距離内に工面をしてピン接手を挿入した。元来やむを得ざるに出でた設計である」
私は急曲線が前提のモデルとか所謂インタアーバンしか知らないので、これは全く信じられない話です。緩衝器枠を前後にスムーズに動かすためにガイドがあるとばかり思っていました。
ということは、緩衝器枠と伴板とがコゼて少し首が振れる。前と後の伴板守と緩衝器枠の間が僅かに隙間が空いているのはそのため、ということなのでしょう。もちろん、途中にピン結合があれば、ガタを生じて連結に悪影響があるわけで、「やむを得ざる設計」という気持ちが分からないでもありません。
それにしても、鉄道の技術には我々の理解の程を越えるものがなんと多いことでしょうか。
【力の単位は、現在では「ニュートンN」を使いますが、私は古い人間でkgやトンtonでしか分かりません。1トン≒9.8 kNのはずで、すいませんが皆さんの方で換算してください。new ton=新頓!】
【追記】dda40x氏のGiants of the Westに、なんと上記"従来型"を再現したモデルが紹介されました。アメリカのOゲージでThomas Industries社の製品です。2008-12-29
【追記2】1980年頃に輸出されたKTM-USAブランドのストックカーに、緩衝器が添付されているのを発見しました。
ざっと見ると、実物の構造を模すと共に、連結器の復心もできるようですが、構造図とパーツを眺め透かしても、その仕組みが理解できません。実際に組んでみればよいのでしょうが、肝心の連結器本体が入っていないのです。
特許申請中とのことで、相応の自信があったのでしょうが、コストの塊の様な構造と分かり難い説明図には参ります。日本で発売されたOJにも採用されたかもしれません。2010-10-01
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