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2008/01/23

バッファーの力学

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 イタリアのベネチェア・サンタルチア駅 2000/08/30

 どうも前回のような文を綴ろうとすると自己嫌悪に陥ってしまいます。他に本当の専門家や、研究熱心な方々がいるのだから、聞きかじっているだけの自分はその任にあらず、という思いが湧いてくるのです。でも、今のところ誰もやっていないし、どうしよう。ええい、やってしまおうか。いや、どこかに書こうとしている人がいるはず……、という具合に逡巡に継ぐ逡巡を繰り返し、偶々気分がハイになったときに、エイヤっと、アップのクリックをしてしまったという次第です。【画像はクリックで拡大します】

 こうなったらついでですから、アメリカ型ファンには関心がないはずのネジ式連結器について、小坂狷二著「客貨車工学」からモデラー向きの蘊蓄を拾い出すことにしました。ただし、出版された1950年から60年近くを経過し、ヨーロッパで今、使われているものはだいぶ変わっている可能性があります。

 まずはバッファーの軸部分の形についてです。次の図の上が棒状、下が筒状で、棒状では曲がることがあるので、それを防ぐために筒状が開発されたのだそうです。棒状のものはドイツ国有鉄道基本で、突き当てる面を頭headといい、これが縦短径370mm、横長径450mmの楕円となっているとあります。
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 バッファーの頭の形に種々あることは日本のモデラーにも知られていますが、次のような意味があることは、殆どの方が目から鱗だと思います。
「頭の形が平面円板では次図[あ]に示すごとく曲線において板端のみが接触し、摩耗が激しいから球面(凸面)形にせられた。しかし球面形では[い]に見るごとく両車緩衝器高さに食い違いがある場合、高い方は突き上げられる傾向を生じ、時に脱線の原因ともなり得る。よって1車端の一方(ふつう向かって右側)の頭を平面とし、他方に球面形のものが用いられるようになった。また小型車両、ことに中央緩衝器には[う]のごとく円筒形の一部の形にしたものが用いられることがある」

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 その円筒形を採用したものが次の「曲線に強い小地方鉄道などに適する中央緩衝器装置」の例です。ふつうのネジ式とは逆で、バッファーが1つ、引張棒が2つになっています。これはベルギーGrand Central(グラン・サントラル)鉄道で採用されたもので、ドイツの地方鉄道でも同様のものを用いているとあり、列車分離にも有利な旨、述べられています。
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Img714a 曲線通過を考慮したバッファーは、「ネジ式連結器の知られざる真実」でフランス客車の例を出しましたが、もう一つ示されています。
「緩衝器中心の軌条面上高さに対し万国鉄道会議のBerne会議はつぎのごとく決めている。空車で1065mm以下、最大荷重下で940mm以上。頭の直径340mm以上。両側緩衝器の間隔は大きいほど蛇行動揺防止には有効であるが曲線通過が困難となる。Berne会議では1710~1770mm(1720mm以下の場合には頭の直径を350mm以下とする)。ドイツでは1754mmに一定している」
「Berne」はスイスの首都ベルンですね。
 日本のバッファー間隔は1,219mmで、ヨーロッパに比べると異様に狭いのはやはり曲線通過を考慮した結果だったのでしょう。

 森彦三・松野千勝共著「機関車工学」はネジ式に冷淡で、緩衝器は次の図しかありません。緩衝器の形はメーカーによって異なると思うのですが、ここでは英国と米国、生産国に因っているという書き方がされています。
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 次に、「客貨車工学」に載っている引張棒の図をお見せします。
「ネジ式連結器は「両(左右)ネジを切った棒の両端が2のU字形半リンクに取り付けた耳軸の雌ねじにはめてあるもので、一方のリンクは頭の鈎のある引張棒の鈎に付けた目穴に通してあり、他方のリンクを相手車両の鈎に引っかけ、両ネジ棒の中央にある回しテコを回転して両車間の連結にたゆみのない様に締め上げるのである。しかるとき相手車両の連結器は遊んでいることになるので、地面へ垂れ下がらぬように自己の鈎の上に引っ掛けて置くか、またそうすると連結の際指を挟む恐れがあるので端梁に別に取り付けた鈎に掛ける。
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 連結器折損により列車分離事故を起こすことを慮り、別に連結器両側に(間隔600~1200mmくらい)安全鎖を設ける。ドイツおよびスイスでは安全鎖の代わりに安全鈎の付いた2重ネジ式連結器を採用した(上図の左下)。相手車両の主鈎に連結を行った後、相手車両のネジ連結器を当方の安全鈎に掛けて2重連結を行う。ただし引張棒が折損した場合にはやはり列車分離事故は起きる。
 本邦で用いたものは車両の一端には正規のネジ連結器を付け、他端には鎖を付けた「ネジ・鎖連結器」で、ネジ連結器を相手車両の引張鈎に掛けてネジを締め上げた後、相手車両の鎖を当方の引張鈎に掛けておく簡便な方式である。しかし同種連結器が付いた車端同士が向かい合った場合には連結ができなから、前後の連結器を引張棒目穴から取り外して、相互に取り付けかえをせねばならない不便がある。

 1910年発行の「機関車工学」と、1950年の「客貨車工学」とでは40年という隔たりがあり、その間に1925年の自動連結器移行という偉業があるわけで、前者が自動連結器に多くのページを割いていることはよく分かります。ただし後者が25年も前に廃止したネジ式連結器について詳しく解説するのは訝らざるを得ません。1950年代にこの本を読む技術者のほとんどは二度と関与しないものなのですから。
 連結器以外でも様々な装置について、例えば羽目板の方式とか、ダブルルーフなど、アメリカ、ドイツ、フランスなどの古今の実例を構造計算手法を交えて、つぶさに説明してもいます。これは単なる知識のヒケラカシか、ページ数を増やすための埋め草、あるいは若い頃に執筆した原稿をそのまま流用したのか等と勘ぐりたくなります。まあ、ファンとしては面白い話ですが。

 でも、実際に魚腹台枠やトラス構造の設計で参考にしていて気が付きました。これ、「この方法でやれ」と言っているのではないのですね。たぶん「先人達は、こう考えて、こう工夫してきた。だから……」というメッセージなんです。

■「ねじ式連結器の知られざる真実」や「大正15年自動連結器化の偉業」もご参考まで

【追記1】名取紀之著「編集長敬白」2008年刊のp82にバッファーヘッドの話が出ています。ご存じのようにこれはネットで最初に公開されたもので、「グーとパー、バッファーの話」と、「グーとグー、再びバッファーの話」です。後者には山本茂三さんという方からのお便りが紹介されていて、イギリス流が両方共にグー、ドイツ流がグーパーとあります。グーパーは、機関車から見て右がグー、左がパー、例外もあるけれど一般的にはこうだそうです。
 機芸出版社刊「明治の機関車コレクション」の写真とも合致します。膨らみ具合もあるのでしょうが、小坂狷二氏の解説と合わせると、ドイツは理屈っぽいということですかね(笑) 2009-09-30

【追記2】バッファーの頭を日本型のモデルで赤く塗るのは史実に反する云々という話が、とれいん誌1983年9月号p72(松本謙一氏)、同年11月号p96(植松宏嘉氏)、翌84年1月号p90(水野良太郎氏、松本謙一氏)と続いています。2010-10-11

【追記3】引用書中に出て来る2重系の「ネジ・鎖連結器」は、「螺旋連環連結器」とも言われているようです(ウィキペディア日本語版)。2014-09-30

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