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2008/01/20

ネジ式連結器の知られざる真実

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 ウィキペディア日本語版で「連結器」の項を読むと、緩衝器についての理解が不足していることが明白です。外から見えないものなので、無理もないとは思います。
 35年ほど昔に金沢で日本海博覧会という催しがあって、東洋活性白土が保管していたナロー蒸機を国鉄が借りて運転したことがありました。客車は確か松任工場が新造したと思います。なんとこれが、開幕1日か2日で連結器取付部を潰してしまったんですね。原因は緩衝器がなかったことです。まあ、専門家といえどこのレベルです。

 鉄道車両の連結器には必ず引張・推進共に働く緩衝器が付きます。無いのは、重量(質量)が極端に軽いトロッコと、連接車だけです。できれば見出し語を「連結装置」で括って、「牽引力を伝える連結装置は、連結器、緩衝器および胴受で構成される」としたいものです。

「じゃあ、ネジ式の引っ張りはどうなんだ」という声が聞こえてきそうですね。
 もちろん、ここにも緩衝器があります。この方式は車端の両側に大きなバッファーがあって、推進時はこれが作用することがよく分かるのに対し、引張は鈎とネジだけで、他は何も無いように見えます。前回に引き続きアメリカ型には縁のない話ですが、ちょっと説明しましょう。

Img702  先ず、左のポンチ絵を見て下さい。全体が判るものはないかと手持ち資料を探したのですが、良いものがないので、恥ずかしながら私が描きました。連結車両間を上から見たところです。
 灰色の部分が端梁です。赤いものがバッファーで、これが推進で押し合い圧し合いをします。そして真ん中の引張棒に牽引時は引っ張り力が働きます。注目していただきたいのはこの引張棒の尾っぽが端梁を貫いていて、バネが内蔵されているところです。何の役割をするのかといえば当然緩衝です。

 日本ではこの種の連結器(screw couplingまたはbuffers and chain)が1925年(大正14年)に廃止されていますから、構造を示せるものがなかなか見つかりません。次の図は100年も前の1910年(明治43年)発行、森彦三・松野千勝共著「機関車工学(中巻)」p453です。その説明は次です。
ドロバーの尾端は機関車またはテンダーのクロッス・ステーに取り付けられ、その長さはかなり長きを要すといえども構造上直ちにバッファー・ビームに取付らるることもあり、しかしてその取付箇所には必ず弾機を備えウォッシャーおよびナットにてこれを保持し以て急激なる打撃を緩和するの用に供せらるる
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 図の下のものは、左右に僅かですが首を振る構造となっています。「クロッス・ステー」は横梁、「ウォッシャー」はワッシャでしょうか。緩衝材は天然ゴムのようで、これでは若干容量不足だと思います。「クロッス・ステー」が撓(しな)る設計なのかもしれません。
 ポンチ絵では緩衝器の存在を説明するため模式的に、引張棒尾端バネを端梁に突き当てていますが、実際には曲線で首を振らせたり、引張衝撃疲労強度を増す目的で、引張棒の長さを長くしているはずです。

 また、絵の構造では端梁に曲げが掛かってしまうことがお判りいただけると思います。それを前提に次のフランス客車を見て下さい。
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 私の“教科書”ともいうべき、小坂狷二著「客貨車工学(下巻)」1950年発行p532に出ているものです。説明文には「フランス車両中央研究所(O.C.E.M.)基準設計の鋼製ボギー客車。側梁と中梁とを近寄せ、車端衝撃を両者に分配、枕梁がこれに踏みこたえる設計。……両側緩衝器足間には中央を引張鈎棒足に枢(クルル)どめ【ピン止め】にしたテコが付けてあり、曲線通過に当たっても機能上差し支えなくしてある」とあります。
 小さい方の板バネが引張棒用で、大きな方が両側バッファー用、しかもイコライジングするというわけです。多分、皆さんが思い描いていたネジ式連結器の概念を遥かに超えていると思います。

 次はドイツの2軸貨車です。これも凄いんです。
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Img703 「……図はドイツ国有鉄道15t積み無蓋緩急台車で、筋違梁を有するもの。……引張は長柄の引張鈎を用い、台枠中央部にある伴板守に、竹の子バネを仕込んだ伴板を前後引っ張り棒共通に引っ張り、緩衝用に供じている。すなわち連結棒が全列車通しになっており、これに車両が取り付いている形」だそうです。小さな図が、車体中央に備えられているという竹の子バネ(同書p614)です。

 さらに肝心なところを引用します。フランスとドイツのことは忘れて下さい。1925年以前の日本の場合です。
……ネジ式連結器の「特長は両ネジ棒を締め上げて車側緩衝器を接触圧迫し、車両を密着せしめ得ることである。ただし客車と貨車とでは条件が異なる。客車の場合には蛇行動揺を防ぐため、両車両を出来るだけきつく締め寄せる必要があり(必要な場合には機関車で列車を車止めに押し付けて締めることすらある)、引張バネはタワミが比較的少ない方がよい(また機関車も列車を一塊りとして引き出す力がなくてはならぬ)、これに反し停車は出来るだけ早くして、しかも衝撃が来ない様に緩衝器バネはタワミの多い方がよい。
 貨車は緩衝器をきつく圧迫する必要はなく、むしろ発車を容易にするために車両を次々に引き出せる方がよい。ただしこの際衝撃がひどくならぬよう引張バネはタワミのあるものをよしとする。緩衝バネの方は車体などを損じない程度においてタワミの少ないものを用いる方が経済である。よって、
 貨車にあっては引張、緩衝バネ共タワミは30~50mm程度のものを用いる。
 客車の引張棒にはタワミ12~20mm、緩衝器用バネには50~70mm程度のバネを用いる」

 どうです。判っていたつもりのものでも、さて実体は複雑で面倒なものでしょう?

 ところで、ネジ式連結器(ねじ式連結器)の写真も2000年8月にイタリアで撮影した中にありましたので、お目に掛けます。1枚目がフィレンツェSMN駅で2枚目はその拡大、3枚目がピサ駅、4枚目がベネチェア・サンタルチア駅です。どれも引張棒が長穴に差し込まれていて、左右に首を振る構造であることが判ります。端梁だけに取り付けてあるとは到底思えませんよね。ドイツで開発されたジェルド式でしょうか。It07ff24a

It07ff24b

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知っている様で知らなかったウンチクを傾ける「バッファーの力学」や「大正15年自動連結器化の偉業」もご一読ください。

【追記1】上記、「ドイツの2軸貨車」として示した両車端の引張棒を連結した構造と同じものが、鉄道ファン誌2010年11月号p138に紹介されていました。「初代1号御料車の図面をめぐって」小野田滋氏です。
 ただし、引張棒を台枠に結合するパッドの大きさが余りに小さくて、緩衝作用を狙ったものとは到底考えられません。また、台枠とその上の車体との間のパッドも薄過ぎて、この体積では現在の高性能材料をもってしても、ショックを和らげることは不可能でしょう。
 これらは、工作精度や経年による寸法変化を吸収するシムと考えるのが妥当です。また、“車体台枠に牽引力を負担させない”とも読めます。すなわち、木造車で効果を発揮したはずです。2014-11-15

【追記2】ドイツ2軸車の仕組みは、アメリカのクッション・アンダーフレーム、それもスライディング・センター・シル式と牽引に限っていえば同じです。その嚆矢たるデュリエ・システム(Duryea System)には減衰機構が無かったようなので、これがヒントだった可能性があります。>>「クッション・アンダーフレームとは」 2018-03-10

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コメント

貨物列車はゆるく、旅客列車は強く締めるというところがさすがですね。

旅客列車は一塊りとして引き出すというのは模型の運転にも通じるところです。客車がケイディ・カプラでは、ガチャガチャ音で興ざめです。 

投稿: dda40x | 2008/01/20 08:56

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