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2008/01/21

草創期の自動連結器

Early automatic coupler technology introduced in Meiji-era Japanese documents


 自動連結器automatic couplerの発明者は、イーライ・ハミルトン・ジャニー(またはエリH.ジャネィ,Eli Hamilton Janney)という人であるという歴史が、世の中に知れ渡ってきた功績の一端はウィキペディアにあるのではないかと思います。上は1873年の特許に添付されているという説明図で、これをウィキペディアで見られることが大きな説得力になっているはずです。

 しかし、この図の通りそのまま実際に造られたのかとなると甚だ疑問です。1887年の夏、アイオワ州Burlingtonで自動ブレーキと共に試験に供された自動連結器はどういうものだったのでしょう。また1916年にMCB協会がD型を標準と決める以前に使われていたものはどういう形だったのでしょうか。

 そんな好奇心を満足させてくれる図版が、1910年発行、森彦三・松野千勝共著「機関車工学(中巻)」にありますので、紹介しましょう。まさしく「ジャネー・カップラー」と説明されていて、2種類が描かれています。

共にテンダー用なり。前者は簡単なるものにして、後者はその取付方やや複雑なると共にバッファーを備うるを見るべし。かつ三桿を有するカップラーにして、カップラーの頭は多少左右に振りえるをもって曲線運転には便利なり

 まずここに言う「簡単なるもの」の方の組立図です。
Img700a

 次はこれの部品と名称です。
Img700b

 これ、機関車の前頭部に付ける座付き連結器によく似ています。カップラー・スプリング8は2個で、カップラー・シートのボスに一端を填めるのでしょう。ナックルの先が二股になっていて通し孔があるのは、ピンリンク式との併結を行うためです。

 次は「複雑なるバッファー付き」の方です。
Img701a
 これも一部が透視して描いてあって写真以上に凄いイラストです。自動連結器の欠点の一つは、スラックに拠る衝撃ですから、当然それを克服しようという工夫があってしかるべきですが、普及当初より試みられていたとは驚きます。それ以外は各部がどのように作用するのか、断定的なことを何一つ見出せず、説明にある「三桿」も、どの部材を指すのか判りません。「桿(かん)」は棒状のものを指すようです。
 図版はどれもクリックすると拡大しますので、コタツに足をくべて、じっくりと眺めていただくのも乙なものかと……

 ところで連結器の呼び方ですが、ネジ式の和名が「螺旋(らせん)連結器」で、英名を「スクリュー・カップリングscrew coupling」としています。それに対し自動連結器の方を「オートマチック・カップラーautomatic coupler」と、「-ing」ではなく「-er」を使って区別しているのは、緩衝器と一体という感覚なのでしょう。

 文章は明治という時代を十分に感じさせる文語調でなかなか格調が高く、声に出して読むと心地良ささえ漂ってきます。以下はドイツの事情に対する記述ですが、当時日本は連結器が国家の一大事と捉えられていた時期で、自動連結器採用への意気込みが手に取るように伝わってきます。この本発行の15年後にそれが完成するわけです。D50(9900形)の登場が1923年で、その牽引力は確か13トンではなかったかと思います。この辺りを前提に読んでください。漢字や句読点は例によって読み易いように改めています。

「‥‥ドイツにおいても、もと英国の例に倣い螺旋連結器を採用し、従来幾多の改良を加えたりしといえども、1877年以来標準連結器として設計せられたるものはその強さ6トン半に過ぎずして、以来列車の重量ますます増加して連結器の折損頻々たるに至り、1896年同国鉄道連合会は委員を命じて大いにその改良を研究せしめたり。

 当時世論の向かうところは米国型もしくは類似の自動的連結器を採用するにありたるは事実なりしといえども、一時に多数の車両を改造するの困難なることは勿論、新旧連結器の混用の困難なることはついにその目的を達するに至らずして、一時姑息の手段をとり連結器の強さを10トンに増加するに止め、列車の重量を制限し牽引力をして10トンを超過せしめざることとなすに決したり。
 けだし螺旋式は人力によってこれを解放または連結するものなれば、取り扱い上その重量に制限ありて設計上これを強大ならしむるを許さざるを遺憾とす。

 ドイツにおけるこの決議は鉄道輸送上消極的制限を加えたるものにして、その発達を阻害したること少なからざるは勿論、機関車の改良にもまた多大の影響を及ぼしたり。
 元来連結器の問題たるその作用、自動的なること確実なること安全なること構造簡単なること牽引力強きこと等にして、米国式自動連結器はややこれら要求を満足するに近しといえどもなお改良の余地あるは勿論、他に相当の設計無きを保つすべからざるは技術者の常に留意するところなるをもって、欧州各国においても鋭意これが研究に従事し、あるいは懸賞によりてその考案を奨励するなど、今なおこの問題の解決に苦心しつつあり。
 もっていかにこの問題の困難なるかを知るべし」

【追記】これらの図版が、Car Builders Dictionary 1895年版(Cornell University Lobraryからダウンロード可能)に掲載されていることを確認しました。2012-01-28

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コメント

"knuckle"がナックルと表記されていますね。この当時は訳語がなかったものと思われます。
1月22日の記事では肘(ひじ)という語が表記されています。いつごろからこの言葉が使われ始めたのかに、興味があります。

どう見ても肘には見えない形なのですが…。

投稿: dda40x | 2008/01/22 08:56

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