島秀雄の世界旅行1936-1937
とれいん誌3月号p157に紹介があって購入した本です。
新幹線の開発で中心的な役割を担った技師長、島秀雄氏が戦前に世界一周旅行をしたアルバムの紹介というのですから、鉄道ファンなら「オッ」でしょうし、税込み4,830円というのですから「ギョッ」でもあります。本人撮影の写真と持ち帰られたパンフレットやタウンガイドを満載しているのですから、この値段は致しかたの無いところでしょう。
まとめられたのは高橋団吉という、既に「新幹線をつくった男 島秀雄物語」や「春雷特急 十河信二物語」なるノンフェクションを著しておられる方です。監修の島隆氏は島秀雄氏のご子息で台湾新幹線の開業を6年間にわたってコンサルタントされた方、出版は技術評論社です。
上の写真は化粧箱の表で、機関車は南アフリカのパシフィック16E。2枚目はその裏。こちらはボストン駅頭でのニューヘイブン鉄道ハドソンI-5です。私の本書購入動機はもちろん、後者の画に拠るところが大でしたが、これ以外にアメリカ型ファンとして面白い写真は、最新式のディーゼル特急であるM-10002のUPシティ・オブ・ロサンゼルスと、ジェームスタウン・バッファロー間の古いガソリン機関付電気式気動車(たぶんEMC製Erie鉄道5001)、いわゆるガソエレぐらいでした。
1937年といえば昭和12年、アメリカでは1929年の大恐慌の影響がだいぶ薄れてモータリゼーションが市民の間に完全に定着し、ストリートカーやインタアーバン、ローカル線は風前のトモシビ。幹線鉄道は流線形化で旅客の引き留めに躍起となっていた頃。空にはDC-3が就航して大陸横断列車にも不吉な影を投げかけたという頃でしょうか。
この主人公はあろうことか、ニューヨークでフォードの最新型「デラックス2ドア・ツーリングセダン(クーペ?)」660ドルを買い込み、サンフランシスコまで、石田敬二郎氏と共にドライブによる大陸横断を敢行します。
カメラはライカⅡで、写真帳4冊に貼ってあった2,300枚の写真から450枚を載せたとあって、時代を考えると庶民には気の遠くなるような資力です。
さらに驚くのは、この旅行が鉄道省の視察名目で1年9ヶ月にも及ぶということ、同道者が10人ほどもいて、その中には後の初代国鉄総裁、下山定則氏が含まれていることです。つくづく戦前のエリート官吏というのは恵まれていたのだと感心します。戦後にGHQの肝煎りで米国視察をした連中など、可愛いものです。
日欧連絡は当時、シベリア経由の陸路が費用も時間も掛からないのに、また鉄道視察が目的なのに、わざわざ豪華客船というのも破格です。
思うに、国を担っていたエリートはどの部署でも同じような扱いを受けて欧米の状況を把握し、この連中のように我彼の差を実感していたことは明白です。ゆえに、それにも関わらず「どうして?」という疑問がよぎります。その直接の答えを編者は与えてくれませんが、丹念に掘り起こされている彼等の行動を追っていくと、その意識と性行が朧気ながら見えてきて、当然の帰結とも思えてきました。この本はそういう読み方が出来ます。もちろん現在でも官僚、およびそれに似た組織では同じ様なことが起こっている気がします。
ところで編者の主題は、「この旅行が新幹線技術の源泉」であることの証明であって、それはそれで説得力があります。加えて、戦前の海外旅行という一般人向けの紹介が意図されているようですから、鉄道ファンが望む欧米の鉄道事情を知りたいという欲求は余り満たしてくれない本だ、と申し上げておきます。南アや南米、さらにハワイのものに関しては、間違いなく貴重です。
ネットを検索してみると、2月1日付朝日新聞に紹介があったとのことで、私は見落としていました。ネット上で読める橋爪紳也(建築史家、大阪府立大学教授)という方のこの書評が鉄道に関心のある方々には的を射ていますので、私はそれ以外のことについて触れさせていただきました。
【追記】以前に紹介した平凡社「時局解説百科要覧」が1937年刊行でした。併せて読むと面白いかも知れません。2009-02-28
【追記2】朝日新聞の2011年10月22日、土曜日b4面で、この本が1番に挙げられていました。春山陽一という記者が、リブロ池袋本店の矢部潤子さんに「鉄道関係の本を3冊選んでください」と頼んでの答です。
他は原武史「沿線風景」2010年刊と栗原景「新幹線の車窓から」2009年刊です。記者自身は内田百閒「」第一阿房列車」1951年刊(新潮文庫)を薦めています。同記事はネット上でも読めます。2011-10-22
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