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2009/02/09

プラスチック接着変形の研究:続報

Investigating transformation of polystyrene plates due to adhesion, part 2

Test21 手塩に掛けたパーツがグニャっと曲がったり、ステンレス板がプクっと張り出したりと、トラブルが続いて落ち込む一方なのですが、多くの皆さんに御訪問いただき、また励ましていただいて、何とか元気を出していきたいと思います。
 ところで、プラスチックについてはイナ@ペンさんより高分子化学の基本的なお話しをいただいて、感謝感激でした。さらに、次はdda40xさんより頂いたメールで、根が機械屋の私には目から鱗です。多くの方に有益な内容だと思いますので、ご了解をいただき、私信的な部分を除いて転載させていただきました。

 ……MEKとリモネンの比較ですが、100℃にしたのは失敗でしたね。ポリスチレンは85℃以上にすると変形します。さらにMEKの沸点は80℃ですから、急速に泡が出て接着面が荒れます。
 それでは80℃にしておけばよいかというとそうでもありません。たぶん変形します。

 まずプラスティックがどういう状態なのかということを考えておく必要があります。高分子はヒモ状です。それが絡まっています。
 流動点以上では絡まり方が緩やかになり、変形が可能になります。しかし完全に溶けて、さらさらに近い状態にするには、200℃くらいの温度にしなければなりません。インジェクション・モールドではこの温度にします。

 いわゆるプラ板がどのように製造されているのかは分かりません。まさかあのような型をこしらえてインジェクションしているとは思えません。おそらく半流動状態の厚板を、ローラーで伸ばしているものと思います。すると、一部絡まったものを無理やり伸ばしているので、引き伸ばされたゴムのような構造が多少はあります。それは何かの拍子に元に戻ろうとします。そのきっかけになるのは熱と溶剤です。
 おもちゃとして市販されているものに、ポリエチレンテレフタラート(PET)の薄板に字や模様を付け、電気オヴンのなかに入れて縮ませるのがあります。PETはその性質が特に強いので採用されています。

 多分ポリスチレンの85℃という温度は、この元に戻ろうという性質が出てこない限界温度と思われます。普段の生活の中では80℃はなかなか到達しない温度ですから、日用品の材料としては、まず問題はありません。しかし煮るのはまずいです。

 溶剤の分子が小さいと、よくしみ込み、内部の無理やりに引き伸ばされた構造を一部自由にしてやるので、アッと言う間に元の形態に戻ろうとするでしょう。接着時に圧締が必要なのはこの動きを封じ込めるためです。

 それではリモネンで接着するとさほどの変形が起こらないのはどうしてでしょうか。それはリモネンの分子が大きく奥まで滲み込み難いからだと思われます。また、分子構造が極めて似ているので、引きのばされた分子がもっとも落ち着く位置まで動きやすくしているとも考えられます。

 纏めますと、あまり滲み込まないということと、滲み込んだ部分の分子が自由になったということです。要するに内部応力の残留が少ない訳です。

 リモネンが優れているのはこのようなわけです。前回の議論の時に細かく書こうと思ったのですがあまり難しいことを書くのも何かと思い、遠慮していました。金属のような結晶構造を持つものと異なり、高分子は「流れる固体」なので鋳造も高圧で行っています。すなわち、中に「高分子の繊維」とでも言うものが残っています。それらが全てゴムのような性質を持つので面倒なことになります。

 この文中で「前回の議論」とは同氏のブログで2007年10月30日から7回分辺りを指します。今回のお便りを合わせて読むと、MEKとリモネンのポリスチレンを溶かす原理が違うことがよく判ります。

 まあいろいろ考えて、ひとまず"煮る"のはおいて、時間が掛かる常温での接着変形を調べ始めることにしました。
Test21  考えたテストピースはT字形です。この両翼の折れ曲がり角度を測っていけば、時間的変化を数値的に捉えられるだろうということです。長さを長くすれば測定精度も上がります。如何にも溶接を専攻した者らしい発想ではあります。
 主材は厚さ0.5mmで幅20mm、長さ200mmです。その中央に補助材を接着します。この補助材は最初、3mm角だけで始めましたが、種々考えて0.5mm×15mmという板材を追加しました。もちろん主材の裏表と板取方向は全て一緒に揃えています。
 補助材の2種類と、接着剤でMEK系とリモネン系の2種類、すなわち4種類を各々3つずつ、全部で12個のテストピースとなります。これを日中は家人が暖房を掛けている居間で開放状態の紙箱に入れておきます。
Test22  測定は毎夕食後で、写真のようにテストピースの左半分をアルミのL形押出形材で挟んで、右半分の先がどれだけ曲がっているかを物差しで測ります。直接に角度というのは難しいので、起き上がった寸法、すなわちサインsin、正弦を測るということです。角度はsinα=測定値/100mmです。1つのテストピースで右左を入れ換えて都合2度測り、平均値を採ります。

 それで、丸6日間が経過したグラフをご覧ください。補助材0.5mmの方は丸3日後です。ちなみに、それぞれの初日は、接着部が固まっていなくて動いてしまう可能性がありますので、測定自体を行っていません。
 これだけでも私の予想とだいぶ異なっています。まだまだ変化し続けていることは明らかです。やはりMEK系3㎜角の変化が大きいのですが、問題はいつまで続くかです。何か、主材の変形が接着部だけではなくて途中の部分でも起こってきたような感じもしますので、もうしばらく様子を見ないと傾向は判らないと思います。室温を管理できませんので、その辺りの影響もあるはずです。
Graph1

 dda40x氏のお便りで、プラスチックの構成分子が溶剤で元に戻ろうとする話は、機械屋的には残留応力みたいなものかと思います。これはステンレス薄板の片面エッチングがカールしていることで、我々もお目に掛かっている現象です。冷間圧延によって薄板の両面に圧縮力が掛かり、それに釣り合う形で真ん中に引張力が発生しています。その片面の圧縮層をエッチング腐食で取り去れば、残された引張層と反対面の圧縮層との作用で反るという理屈です。
 プラ板でも片面の応力が何らかの原因で抜ければ、表面が波打つはずです。

 さて、この前の失敗もあって、プラ板の手持ちが尽きてしまいました。モデルショップで仕入れられたら、他の形のテストピースも試してみようと思っています。また報告します。

■一連の話の流れについては「接着剤の悩み:記事リスト」をご覧ください。

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コメント

プラ板をはじめ、PlastructやEvergreenのチャンネルやアングルなどは押出成形でしょう。日本スチレン工業会の解説をご覧ください。

投稿: RAILTRUCK | 2009/02/09 23:29

RAILTRUCK様のご指摘の通りです。しかし、平面性を確保するため、多少はローラーが圧迫しているものと思われます。
 上記の書簡は公表を前提としていなかったため、用語の選択がややまずいところがありました。もう少し別の表現もありますが、流動点は軟化点の方が良いでしょう。
 溶剤は可塑剤として機能するというイナ@ペン氏の表現は的確です。
 PETフィルムは、2軸延伸という方法で無理やり伸ばして作りますから、とても縮み易いのです。しかし、ポリスチレンで出来た卵のケース(薄くてぱりぱりしている物)も無理やり伸ばしているので、100℃以上にするとかなり縮んで板状になります。

投稿: dda40x | 2009/02/10 07:11

こんにちは.自分でネタ振っておきながら,コメが遅くなってごめんなさい.

T字型の試験ピースをお作りになって,さらにそのTの末端の「正接≒正弦」を測られるというのは,微細な違いをかなり正確に見せてくれるのではないかと思いますし,実際にプロットでもそのように見えています.
興味深い実験結果をブログ上でお頒けいただき,有難うございます.

以下は,「ただの高分子化学屋」がこじつけているだけなんだろうと思いますが,

揮発性の強い(=さっさと揮発して無くなるはずの)MEKの試験ピースで日にちが経っても変化が続いているというのは,MEKの方がリモネンよりも耐衝撃性ポリスチレンと混ざっている(混ざれば混ざるほどローカルな部分での揮発は遅れるかと)ことの現われかと思います.
リモネンの分子というのは芳香族環まであって,スチレンモノマーに構造が結構似ているのですが,結果的にMEKの方がPSの良溶媒であることは疑いのないところでしょうね.

そうそう,熱かけると面白いものとして,PETボトルがあります.
dda40xさんが既にご教示くださっていますが,PETボトルはブロー成型で,もともと試験管のような形状だったプリフォームに熱い空気を吹き込んで作っています.
適温のオーブンに放り込んで何時間かかけると,そのプリフォームに似た形状まで戻ります.

ただし,もともと結晶性樹脂ののPETです,ボトルの透明性は完全に失われますが.

投稿: イナ@ペン | 2009/02/14 06:30

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