« 越後交通 栃尾線1972年 | トップページ | グレンフィナン高架橋は曲がっているか »

2009/05/21

南海電鉄 天下茶屋1978年

A railfanning around Tengachaya station of Nankai Electric Railway circa 1978

Img077a
 地上時代の天下茶屋(てんがちゃや)付近です。お粗末なことに、これも訪問日を特定できません。何かの会合で浜寺あたりに出掛けたのではないかと思います。
 上は一番西のホームから北の難波方を向いています。線路は左から、南海本線上下、高野線上下、それに天王寺支線上下の6本です。本線を下ってくるのは南紀直通のキハ2連ですが、円板が白いので回送列車だと思います。一番右は今は無き天王寺支線の2連です。【写真はクリックで拡大します】

 今でこそ「おっ」という姿ですけれど、当時は本当にありふれたものでした。
 ここで私が欣喜雀躍した光景は別にあります。それは、本線の西側に並んでいた保線機械で、それが線路脇から丸見えだったことです。
Img109a

Img106a

Img111a  これらの軌道モーターカーは、他社とは少し毛色の異なるスタイルだと思います。羽根のエンブレムが誇らし気です。
 もちろん、背後の営業線を通る電車を意識してシャッターを切っています。

Img108a この「除草薬散布車」の背後のキハは難波行きの営業列車で、これが折り返してくる時刻を見計らってホームに上がり、冒頭の写真を撮影しました。

 次の2葉は、国鉄環状線との接続駅の新今宮だと思います。同じく北の難波駅方向です。グリーンの濃淡は南海本線急行の上下すれ違い、最後は本線特急と泉北高速鉄道からの乗入車です。
Img081a

Img079a

 南海は一切合切が1994年の関西国際空港への乗り入れを機に変わってしまいました。同じことが今、中之島線を開通させた京阪でも進行中なのですけれど‥‥。

|

« 越後交通 栃尾線1972年 | トップページ | グレンフィナン高架橋は曲がっているか »

南海電鉄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 越後交通 栃尾線1972年 | トップページ | グレンフィナン高架橋は曲がっているか »