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2009/05/07

JR飯田線の渡らずの橋

A rail-watching of the bridge un-crossing to the other side,  the 6th Misakubo-river bridge of JR Iida-line

第6飯田線水窪橋梁

 「カーブ橋には直線桁をお奨め」で田辺幸男氏に御教示いただいた表題の橋を見てきました。
 京都から横浜まで、車を使って一泊の旅行することになって、途中の浜松ICで東名高速を降りても2時間ほどで戻れるだろうと考えたのですが、実際は4時間の寄り道になってしまいました。もちろん“どこまで行っても千円”に扇動された結果ではあります。【写真はクリックで拡大します】

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 ところで飯田線は1955年(昭和30年)、佐久間ダム建設の関係でこの区間が天竜川沿いから水窪(みさくぼ)川沿いにシフトされました。"渡らずの橋"はここにあります。地図に拠れば国道152号線が走っていて浜松から一直線に見え、飯田へも通じています。

 Yahooの航空写真ではちょうど2両編成がこの第6水窪川橋梁に掛かっています。城西(しろにし)・向市場(むかいちば)間です。

 私の目的は鉄橋のディテールを撮影することですから、電車が3時間も来ないのは気にしないのですが、橋に寄り付きにくい上に日が陰ってしまいました。Canon PowerShot G9ではこの程度の写真しか撮れなかったのが心残りです。コンバーターと三脚が要りました。ただ、枕木の様子は確認できます。

Img_6082a Img_6100a

Img_6095a

 鋼桁自体の幅というか、間隔が広いようです。枕木は一本一本が長く、並べ方が密です。

Img_6117a

Img_6115a  この2枚は堤防からで、強力なストロボが欲しいところでした。

 次は、カーブ外側での橋桁の繋ぎ方です。これだけ隙間が空いていることからすると、1本の橋桁の左右は、長さが同じなのだと思います。

Iidasen2  以後の写真は第1水窪川橋梁です。
 城西の一つ南の相月(あいづき)駅(右Yahoo航空写真の右上)を出て、短いトンネルをくぐったところの、これもカーブしたものです。さらに左へ峰トンネルで佐久間に抜けます。

Img_6058a  4連の橋桁の内、北側から見た左写真の右、峰トンネルに一番近いものはコンクリート桁だと思います。こちら側に橋側歩道があります。

Img_6067a

Img_6065a 上の写真は南側で、橋桁が左右にズレていうように見えるのは、真ん中の橋桁が、背の低い右寄よりも幅が広いためのようです。左のアップを見て下さい。
 この辺りを見たかったのが、こんな遠くまでわざわざ足を運んだ理由だったりします。

 なお、松尾橋梁のデータベース(リンク切れ)で「静岡県」の4番目に、「国鉄飯田線一部付替用橋梁、発注:電源開発、単純桁 曲線桁、製作重量247t、完了1955年」とあって、これらの橋なんでしょう。

 次はオマケで、相月の152号線コンクリートアーチ橋と雑貨店です。

Img_6073a Img_6071a

 ところで私には飯田線を全線乗車した体験があります。1957年か58年の夏休みの、家族旅行です。
 信越線の上田を出て、1泊目が飯田で、2日目に中部天竜駅を降りて、佐久間ダムと発電所を巡る観光バスに乗りました。コースの終点が一つ手前の佐久間駅で、1駅間の運賃が余分になったと、オフクロがブツブツ言っていました。そこからスマートな快速電車に乗ったのです。窓の感じなどから流電2次車の静岡色だった気がします。豊橋からは東海道線の複線ですれ違うEF58のスピードと風圧にビックリし、2泊目が名古屋でした。中央西線・篠ノ井線はD51に牽かれた車中泊で、4日目の朝に帰宅しました。
 聞きそびれたものの、電力会社に勤めていたオヤジが、出来たばかりの佐久間ダムを見たかったのでしょうね。

鉄橋関係については記事と資料リンク先のリストもご参照ください。

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