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2009/05/08

天竜浜名湖鉄道のトラス橋

A watching of  the Tenryu-river bridge of Tenryu Hamanako Rail Road

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 東名高速の浜松ICから飯田線の"渡らずの橋"へ向かう笠井街道は遠州鉄道鹿島線が併走しています。もちろん、先を急ぐ旅だったので立ち止まることはなかったのですが、この天竜浜名湖鉄道の天竜川橋梁は別です。【写真はクリックで拡大します】

Tenryu1

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 左窓に西鹿島駅の赤い電車を見て線路をくぐり右に折れると、天竜川を渡ります。と、右手に緑色のトラスが見えました。地図はGoogleマップです。Img_6017a
Img_6041a  念のため小道に車を止めて眺めると、普通のトラス橋ではあるものの、平行する国道橋に歩道橋が張り付いていて、この上から真横が眺められるし、最後のトラスが土手を跨いでいて、直ぐ下から観察できることが一目で分かりました。
 そこで、手短にパッパッとシャッターを切ってきた写真をお見せします。
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 気になるのは、トラスが華奢なことです。天竜浜名湖鉄道の前身は国鉄二俣線(掛川・新所原間)で、確か東海道本線が艦砲射撃で打撃を受けたときの予備線として知られていましたから、D51ぐらいは通れるはずと思っていたのに、これではC56クラスがやっとと思います。土木学会の歴史的鋼橋集覧によれば設計活荷重はKS12で、これは制限軸重12トンですよね。橋脚も頼り無さげです。単なる伝説なのでしょうか。

 ところで国道152号線の鹿島橋の方もなかなかのスタイルで、鋼橋集覧に掲載されています。次はその中の写真で、橋の北にある鳥羽山からの眺めだと思います。ここは車で登れそうです。道路橋の左のゴーストのように見えるものが吊り橋式の歩道橋です。T90301

【追記】この橋のカブリツキ写真をネット上に見つけました。ご了解をいただきましたので転載します。tatsuhikoさんという方の「青空、ひとりきり」、爽やかな秋の日差しです。実は、私としてはこの枕木に注目なのですが……。2009-05-10
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【追記2】朝日新聞2010年12月11日付朝刊に拠れば、本橋梁が登録有形文化財として答申されたとのこと。「同鉄道の駅舎や隧道なども」とあります。同時に答申された209件の内で、この橋梁が1番に上げられています。他に鉄道関係では大阪難波の南海ビルです。
 次はYahooの航空写真です。2010-12-11

鉄橋関係については記事と資料リンク先のリストもご参照ください。

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コメント

二俣線はC58が走っていたようです。最大軸重が13.5tということで、この橋梁も耐えていたのでしょうか。D51だと14.3tなのでちょっと厳しいかも…。

>>  ヤマさん、コメントありがとうございます。そうですか、C58ですか。……ではっ、と、画像検索を掛けてみると、天竜浜名湖鉄道の歴史のページに、1971年蒸機廃止時のものがありました。1940年全通時は?です。
 また「天浜線のルーツ」には、1944年の東南海地震と1945年の空爆で迂回輸送の実績があり、東海地震でも期待されていると記述されています。
 事実は、アマチュアの想像力を遙かに超えるものですね。【ワークスK】

投稿: ヤマ | 2009/05/10 00:58

歴史のページに掲載されている昭和5年二俣線開通の写真に写っている機関車は何でしょう。8620のように見えるのですがいかがでしょうか。

>>  確かにハチロクの様な気がするのですが、ウィキペディアに拠れば、「動輪軸重(最大)14.35t 」とさらに重いので……(笑)
 一体、「活荷重」って、何なのでしょうか?【ワークスK】

投稿: ヤマ | 2009/05/12 22:17

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