北米鉄道百科事典で電化を引く
A book review of the Encyclopedia of North American Railroads
先日話題としたアメリカの架線高さを調べようとして、最初に思い付いた本が表題の「エンサイクロペディア・オブ・ノースアメリカン・レールロード」、1,281頁、99.95ドルという大冊です。
残念ながら、答えそのものは得られなかったものの、私にとって茫洋としていたアメリカの電化鉄道について書かれたテキストに初めて巡り合えて感激でした。値段の高い割に役に立たないとばかり思っていた本書を再認識した次第です。【画像はクリックで拡大します】
アメリカにおける電気動力の鉄道といって連想するのは、高速都市間電車や路面電車でしょうか。パシフィック・エレクトリックとかノースショア、イリノイ・ターミナル、ニューオリンズといったインタアーバンやストリートカーで、往年の魅力にはまっている方も少なくないはずです。さらに近年はニューヨークやバートといった地下鉄、サンディエゴやソルトレイクシティの近代的LRTも活況です。
これに対して、幹線鉄道のペンシルベニア鉄道やグレート・ノーザン、ミルウォーキー、N&Wにも電化区間が存在しました。ペンシー線区は現在でもアムトラックのノースイースト・コリドーとなって最重要路線ではあるものの、後3者はディーゼル化、あるいは廃止されてしまっています。
これらの電気鉄道は、ニューヨーク近郊以外では地方に散らばっている上に、区間とか電気方式とかを網羅的に理解できる資料に今までお目にかかれていませんでした。それがこの本には、p404からp423まで、「電化Electrification」として解説されていたのです。
一番貴重な資料は2頁見開きの表です。これで電化年、区間、電気方式などが一目瞭然です。
まあ、それを引用するのもなんですから、東部と西部の2枚の地図を転載しておきます。これでおおよそが判ります。まず北東部です。
ついでに、この大部分を占めるペンシルベニア鉄道の線路配置を別の本から引用しておきます。"Pennsy Power"1962年刊p253です。同じ図は"Pennsy Electric Years"1991年刊p9にもあります。PRR自体が作成したものだと思います。
こちらは北西部です。"GN"は言わずもがな、"CMSt.P&P"はミルウォーキー鉄道、左隅にある"NWP"はノースウエスタン・パシフィックという地方鉄道です。"SP"はサザン・パシフィックで、Oakland-Alameda/ Berkeley間、49.6マイル、1,200V DC、1911-41などと一覧表で判ります。
ところで、この百科事典の項目立てには、面食らっています。
なんと専門用語については、本文とは別にGlossaryという22頁にまとめられているのです。現場従事者の使う語彙も集めたらしく、俗語slangとか死語obsoleteという表示があります。例えば"bull"がslangで、Railway police officerという意味。"telltale"や"water trough"は死語となっています。
一方、Car & Locomotive Cyclopedia 1997年版にも同じ様なものがありますが、中身は全く異なり、こちらは車両メーカーのものです。
大部分を占める本文には、ここに紹介したElectrification(19)をはじめとして、面白そうなテキストが詰まっています。以下、用語に付帯したカッコ内はおおよその頁数です。
Baldwin Locomotive Works(4)、Civil Engineering(26)、Computerization(7)、Great Northern Railway(3)、Marine Operation(14)、J.P. Morgan(2)、Music(4)、Narrow Gauge(6)、Passenger Cars(26)、Presidential Campaigns and Travel(2)、Railway Enthusiasts(4)、Safety(8)、Elmer Sperry(1)等々、いうなれば論文調というか……。ほとんどは書籍名の通り、鉄道会社についての解説と鉄道経営者なのですが、加えてこういう鉄道固有の事象が全部で500ほど連ねられているわけです。
知りたいことがあったら開いて調べる、というスタイルではなくて、ほとんどは寄稿者達がてんでに立てたテーマに付き合ってこの頁数を端から読んでいくしかありません。ただWikipediaと異なり、専ら鉄道に関係した面から記述されている点がこの本の価値です。
もちろん私は今のところ、図版と写真を見るだけですけれど、それでも、例えば付録でシカゴ近郊の路線図では3つの接続鉄道である、Belt Railway of Chicago、Indiana Harbor Belt、それにElgin Joliet & Earsternが3重になって、放射状に展開する鉄道を縫い付けている様子が良く判ります。まあ、いつかは役に立つはずです。
この本をネットで検索すると、洋書を扱うサイトをいくつかヒットしますが、いずれも版元からの取り寄せです。当方の掲示板では2年前に言及(発言番号451以降)しました。インディアナ大学発行で、巻頭のエッセイを書かれた方はいずれも鉄道研究で有名な方の様です。薄手のアート紙、写真はモノクロのみですが画質はきれいです。文字は大きめですから老眼には優しくなっています。
なお"encyclopedia"と"cyclopedia"の違いは、手持ちの研究社「新英和大辞典」第6版によれば、後者は前者の"en"が省略された形とのことで、訳語と用例は一緒でした。"en"の方が古い格式ばった言い方なのかもしれません。
Contents 目次
Preface 巻頭言 ix
Acknowledgments 謝辞 xi
Overview Essays 概略解説
Development of North American Railroads 北米鉄道の発達 1
Keith L. Bryant, Jr. キース・L・ブライアント,ジュニア
A Social History of American Railroads アメリカ鉄道の社会史 18
H. Roger Grant H・ロジャー・グラント
Technology and Operating Practice in the 19th Century 19世紀の技術と運転 37
John H. White, Jr. ジョン・H・ホワイト,ジュニア
Technology and Operating Practice in the 20th Century 20世紀の技術と運転 53
William D. Middleton ウィリアム・D・ミドルトン
Rebuilding a New Rail System 新鉄道システムの再構築 53
Don Phillips ドン・フィリップス
General Entries A-Z 本文 87
Appendix 付録
A: A Statistical Abstract of the Railroads of North America 北米鉄道の統計抄録 1131
B: Maps マップ 1154
C: Glossary of Railroad Terms 鉄道専門用語集 1197
D: 130 Most Notable Railroad Books 130の著名な鉄道書籍 1220
List of Contributors 寄稿者一覧 1225
Index 索引 1233
【追記】アメリカの電化の進展については、WURE氏のサイトに詳細な解説があります。ここの地図と併せてお読みいただくと理解を深めていただけると思います。また「明治38年製の交直両用電気機関車」もご覧ください。2009-11-11
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コメント
おぉ!ワークスKさんは、紹介だけでなく、ちゃんとお買い求めになっていたのですね。私は、先月この本の現物を目にしましたが、あまりの重さに他の本を買ってしまいました?!。
出版元のインディアナ大学出版部は、鉄道書を随分と出しています。米国の大学では、鉄道はもう学問の一分野って訳なのでしょうか。
販売の方もご熱心のようで、実は先月この本を目にしたのは、米国の鉄道趣味団体NRHSの全国大会中に持たれた鉄道ショーに、インディアナ大学出版部も出展していたからなんです。これまで鉄道ショーには随分行きましたが、大学の出版部が出てるのに、出くわしたのは初めてでした。
ところで、ミドルトンさんの著作には、"When Steam Railroads Electrified"と云うのがあります。この本の巻末にも、米国の電化鉄道の個別解説があり、ちょっと概要を知りたい云うときには便利です。
>>コメントありがとうございます。向こうの文化にはもう一つ理解できない点が多いので、そのネック解消の一助にならないかと考えて購入しました。折に触れてめくっていれば、その内、役に立つこともあるだろうと思っています。それにしてもインディアナ大学は熱心なんですね。【ワークスK】
投稿: 宮 崎 繁 幹 | 2009/09/11 21:08