ロンビック・イコライザーの幾何学
The mechanism, named "Rhombic (rhomboidal) equalizer," was invented for 4-wheel locomotives and equipments by Mr. Fumiyuki Dewa. And the pilot model was built by Mr. Masahiro Maeda in 1996. This article examines the underlying principles of the mechanism, it is called mid-point theorem in geometry.
少し昔の鉄道模型趣味TMS誌、2001年9月号を入手しました。
買いそびれていたのですが、この号にあの衝撃的なロンビック・イコライザーが発表されています。
それを読んでいたら一つ、解釈を思い付きました。珍妙とも思いますが、お付き合いください。途中までは出羽文行氏の記事の趣旨と一緒です。
副題は「中点連結定理は美しい」です。【図はすべてクリックで拡大します】
[図1]ロンビックイコライザー付の2軸車を模式的に表したものです。W1、W2、W3、W4が車輪、あるいは軸箱です。それらを結ぶ棒がイコライザーで、それらのちょうど中間の点=中点に、車体の荷重を支える支点P1、P2、P3、P4があります。
[図2]説明し易いようにイコライザーだけを表しています。現実と理論とには若干の差がありますが、近似的に一応、こういう関係と仮定します。
[図3]4つの車輪のうち手前の車輪W1だけ、1mm沈みこんだ状態を示します。これによって、P1とP4は、同じように0.5mm沈みます。なぜならP1がW1-W2の、P4がW1ーW4の、それぞれ中点という理由です。と、ここまでは記事とほぼ一緒です。
[図4]P1-P4の線分に注目してください。これが相対する線分P2-P3と平行だということがお判りいただけるでしょうか。しかも同じ長さです。W2-W4に補助線を引くと、より鮮明となります。この辺りからが、出羽氏と同じことを言っているようでいて、実は私の微妙な解釈を混ぜています。
[図5]さらに、線分のP1-P2およびP3-P4に注目すると、こちらも平行で同一長さです。ということで、P1-P2-P3-P4は菱形で、4点が皆同じ平面内にあるということになります。
ここで整理すると、まずW2、W3、W4の3点=3車輪で定義された平面から、W1が外れたけれど、P1、P2、P3、P4の4支点は引き続き平面を成しているということです。
逆にいえば、車体に固定された4支点で、4車輪はどのような位置も採ることが出来る、すなわち如何なる悪路も乗り越えられることになります。
「あれっ、どこかで見たような三角形だ」と思い出しませんか?
そうです。「中点連結定理」です。三角形を2つ並べると四角形になります。
[図6]この定理を拡張して、どんな四角形でも、その中点を結んだ図形は平行四辺形となる、といえるわけです。基の図形が長方形なら、中点で出来る図形は菱形になります。
[図7]この性質は平面のみならず、立体でも成り立ちます。ここがミソです。この美しさに感激すると、図形が好きな子どもが出来上がります。ただし、直感ばかりに頼って、基礎的な計算をオロソカにする困った奴ですけれど‥‥(笑)
アメリカ型鉄道模型大辞典の方には、次のように書き込ませていただきました。
【ロンビック・イコライザー Rhombic equalizer】モデルにおいて主に2軸(4輪)車を安定走行させるために考案された装置で、各軸受を4本のイコライザで結び、それぞれの中点を支点としたもの。車体重量はこの4支点で支えられる。図(TMS誌2001年9月号 p96から転載)において手前の左1輪を1mmだけ持ち上げたとすると、隣接する2つの支点は共に0.5mmずつ上昇し、他の3輪及び2支点は何ら動かず、よって4支点で構成する平面(車体に相当)は維持される。
4支点が菱形をなすことから、その英単語であるロンビックと名付けられた。実物の酒井工作所(現酒井重工業)製ディーゼル機を参考に出羽文行氏が考案し、前田昌宏氏の手になる実証モデルがRM Models誌1996年7月号に発表された。以後、自作モデルでときどき採用される。
車体の重心をこの菱形の内方に作用させる必要があることは、3点支持と同様である。3点支持に比較して、各車輪への作用が均等で、車体の揺れがより自然になるとされる。
原理は、空間の任意の4点を頂点とする四角形の中点同士を結ぶと、同一平面内の平行四辺形が出来るという、幾何学でいう中点連結定理(仙台市教育委員会の教材参考)と解せられる。すなわち、2軸車では基となる四角形が長方形なので、中点による四角形は菱形となる。
以上は"机上の空論"的な話です。問題はモデルで実際、どうなるのか、です。
左の画はTMS誌2002年7月号、伊藤剛氏の記事にあるものです。イコライザーは4本とも連動していますから、一見小競たり、車輪が浮くことがあるようにも思いますが、上述の理屈を援用してよくよく眺めれば、レールが如何に捩じれていようとも車輪が追随することが判ります。
さてここで、車端のイコライザーBを外します。これでも全体の動きは一緒です。
そして、この状態だと車体荷重はその中心から両側のイコライザーRとLだけに伝わると考えられます。そうすると、Aは遊んでいるわけですから、これも外します。
そうです。HOゲージでよく使われる可動台車の構成と一緒です。2枚の台車側枠をイコライザーと見なすわけです。ただし、このままではボルスターが傾いてしまい、車体を載せられません。ボギー車ではもう1組の台車があるので大丈夫です。
そこで、ボルスターからビームを伸ばして車軸に掛けます。掛ける位置は車軸の左右の中心です。これでボルスターを水平に保つことが出来ます。ついでですから、両方の車軸にビームを伸ばします。
このビームと一体となったボルスターの上なら、車体を載せても傾くことはありません。
すなわち、4輪単車となりました。台車側枠に加えて車軸そのものがイコライザーとなって、まさにこれ、ロンビックです。
以上のことから、この機構のポイントが見えてきます。
(1)中点連結定理によって、支点をイコライザー結節点の中点としなければなりません。車輪を平坦面に置いたときに、8点が同一平面ということです。
(2)8点の内で4支点の精度(軸と孔の位置関係)が狂うと、荷重が掛かる2支点の対と、掛からない2支点の対が出来上がります。これが、ロンビックが3点支持の組み合わせではないことの証拠です。これを利用して、車端の1支点に僅かなガタを設ければ、荷重は全て側の2点が受け持つという実用的な機構となります。
バネを付加しても弾性を調整すれば4支点の荷重は自由自在に調整できます。例えば、側を堅く車端を柔らかく、あるいは側をバネ無し車端を柔らかくです。もちろん、逆も可能です。
(3)車輪の上下動が僅かとみなせるなら、イコライザーの支点と結節点の高さを幾分違えても良さそうです。次に示したRMM誌1996年7月号p49(または、増刊Craft Models 2(2007年刊) p51)の画は同一平面上にありませんから、原理的には不可ですが、誤差の内で動くはずです。
もちろん、ガチガチに調整して小競てもいけませんので、緩めに作ったほうがよいとも思います。このガタは機能面だけでの話です。車体を水平とするために、現物合わせの微調整が必要なことは言うまでもありません。
ということで、気が付かないで結構あちこちに採用されているような気がしますし、上手く応用すれば容易に2軸車で軸箱可動が実現できそうです。まあ、作りもしない私の勝手な理屈ですから、話半分ですけれどね。
【追記】RMM誌増刊Craft Models 2(2007年刊)に掲載された前田昌宏氏の岳南デキ2ですが、この記事のオリジナルはRM Models誌1996年7月号でした。
そして同誌97年3月号に同じ前田氏の遠州ED28が発表されていて、次の図の機構が組み込まれたとあります。ここでは、岳南デキのものを「2軸イコライザーS・R・E」と呼び、ボギー台車への応用は内野日出男氏のアイデアだと述べられています。大辞典での実証モデル発表雑誌名を変更しておきました。2010-09-14
【追記2】このロンビック・イコライザーが出羽文行氏によって特許出願されていたのですね。「2軸車輛に対する釣合梁装置」(特開2002-186791)です。登録されたのでしょうか? 2012-07-31
【追記3】稲葉清高さんのコメントにあるRMM誌1996年7月号p47の多重露光写真を引用しておきます。理解の妨げになる支えの寸切りは消去しました。2012-08-10
【追記4】このところまた、このイコライザーが脚光を浴びているようですね。
その中で、右の画でAとBのうち、「片方の支点が外せるなら、いわゆる3点支持ではないのか」という疑問が渦巻いているようです。
この記事に稲葉さんが下さった2012-08-13のコメントが本質を突いていますし、私の見解も本文に書いた‥‥とはいうものの、さらに2点、指摘しておきます。
ひとつは、究極的に考えると、“ロンビックは、2点支持”だということです。すなわち、LとRだけでも、ジャイロか何かで前後のバランスをとることが可能ならば、成り立ってしまうということです(世の中一般には「倒立振子制御」という分野です)。重心がイコライザーの下にあれば、何も無くてもブラ下がって安定している‥‥(笑;
4つの車輪には均等に荷重が分配されるにもかかわらず、車体を支える4支点の内で荷重を伝えているのは、基本的に2つだけなんです。
じゃあ、他の2点は何をしているのか、という疑問への答えが2つ目の指摘です。
簡単に言えば、“ジャイロの代役”です。すなわち、精度が重要です。
それが片方のAだけだったとすると、車体のピッチング(首を縦に振る)方向での傾きが半分の動きに依存しますから、動きが倍=精度が半分になります。前出のボギー式の機構で、片方の三角形を外した場合を考えてもみてください。外された台車寄端部の位置的不安定さは想像に難くないはずです。
加えて、リンクの支持点には上下共の動きが生じますから、ガタガタ振れます。
これでは、ロンビック本来の目的を達せられませんよね。
ただし、車体が長い場合は4点を使った方がよい、短い場合は3点でもOKといえることになります。
ちなみに“3点式ロンビック”の最も古い例は、私の知る限り、OneDogさんという方のものです。2009-09-30と、2009-10-14に示されている写真を基に、左の画を描いてみました。ゴムベルトが絶妙な働きをしています。
んっ! まだ納得されない? じゃあ、こういうのはどうでしょう。
まず、Aを直近車軸の直上とします。そして、LとRの車体支点を少しB寄へ移動させ、Bを外します。これでも、イコライザーは機能しますよね。で、さらに車体支点を移動させて車軸直上まで持ってきます。すなわち、3点支持になりました(笑)2013-02-09
【追記5】「伊藤剛さんのネジレ棒式イコライザー」という記事もご覧ください。2012-07-17
【追記6】先日、ある方から、私の記事がロンビックやフカヒレのイコライザーを賞賛推奨していると伺って、ビックリしました。そうではありません。
採用したり、議論をするならば、この程度の理屈は分かった上でやってほしい、というだけのことです。モデルにはバネを付与し難いから、これらのイコライザーは便宜的に採用されているに過ぎないという立場です。そのあたりを、次回からの「イコライザーへの形而上学的アプローチ」に詳しく書いています。
また、ボギー式の動力車に適用するときは軸重移動に留意しないと、脱線を起こし易くなります。(アメリカ型鉄道模型大辞典「軸重移動」を参照)2013-09-10
【追記7】この機構では、両車端のイコライザーの支点のうちの、どちらか一方を省略しても動きは一緒と、本記事中に書きました。そして、OneDogさんの作例もあります。ただしこれは、この機構の本質から外れた考え方といえます。
どういうことかというと、この機構の原理は中点連結定理なんですけれど、実際に実現できる構造は近似的な要素を含まざるを得ないからです。よって、長大な車両で1車端を省略した場合には、その車端の連結器高さに誤差が生じる可能性が大きくなります。その意味で【追記4】に「精度が重要」だと、噛んで含んで書いたつもりだったんですけれど……。
ですから、車両が極端に短い場合や、連結器を持たない場合、さらに前後の傾きに頓着しない場合に限り、省略できることになります。それがまさに、OneDogさんの作例というわけです。2014-05-22
【追記8】友人から「判らん」とのメールが届きました。それに対する返信としてロンビックイコライザーの機構学なる記事をでっち上げました。中身的には新しい主張は無いものの、一つのエンタメとしてお楽しみください。2015-03-15
| 固定リンク
「イコライザー」カテゴリの記事
- フカヒレ・イコライザー幾何学原理(2016.01.11)
- テンビン棒式イコライザーをコネクリ回す(2015.03.18)
- ロンビック・イコライザーの機構学(2015.03.15)
- 国鉄ED14にまつわる大いなる謎(2)(2014.08.01)
- 国鉄ED14にまつわる大いなる謎(1)(2014.07.16)
コメント
見事な証明ですね。
仙台市教育委員会の教材の記事も素晴らしいです。
支点が同一平面にないと多少の不具合がありますね。長い客車、機関車などではたわみがありますから、不具合はかなり吸収されるでしょう。
>>コメントありがとうございます。この機構の可能性と限界が判ってくると、HOクラスでもう少し採用例が増えるのではないでしょうか。【ワークスK】
投稿: dda40x | 2009/10/12 10:12
こちらの古い記事へのリンクがあったので、ひさしぶりに読んだら特許公報へのリンクが追記されていることに気がつきました。
そこで、もとの特許公報も読んだのですが、出願日が 2000/12/19 なので実施例に書かれた内容では RMM の 1996/7 号に載ってしまっていて公知化されていることになりますね。それと、もともと請求項はちょっと広すぎるような気がしますけどねぇ...
ちなみに、後ほど特集号に採録された時には、ロンビックイコライザの動作を示す二重露光の写真が省略されてしまっているので、是非原本を見る事をお勧めします ;-)
>>お勧めいただいた写真をオリジナル記事から追記の形で引用しておきました。私は、長手方向のイコライザーの切れ目を、ワイヤーだとばかり思っていました。【ワークスK】
投稿: 稲葉 清高 | 2012/08/10 08:20
> 私は、長手方向のイコライザーの切れ目
> を、ワイヤーだとばかり思っていました。
なるほど、あまりにきれいに切ってますから、ワイヤーだと見えるかもしれませんね。まあ、あの構造は、少し上にあるダイキャストの可動台車と同じ原理になっているわけです。
なぜか、この期に及んでごくローカルにロンビックで盛り上がっていたのですが、週末に模型店で立ち話をしてて、意外とみんなが誤解してる原点がわかったような気がします。「任意の三点は平面を作るが、四点では無理」という (これ自身は立体幾何として正しい) ことから、「だから四点持ってて平面になるはずがない」と思ってらっしゃる人が多いようです。ロンビックの支点は (works-k さんが中点連結定理を使って説明されているように) 決して、任意の四点ではなく、「『任意の四点』を結んだ辺の中点になる四点」という非常に制約されたものだという関係がどうも意外と理解されていないようです。
ただ、ロンビックの方が車体のブレが前後均等になるのは、中点連結定理からはじめるよりも (実際、立ち話したときも「いやあ数学のメンドウな話はわからないから」と言って、途中で止められてしまった) 可動台車のボルスターの傾きを止めるというところからはじめた方が、少しはわかりやすいのかもしれません。(つまり、三点支持のように固定軸側をつくるとそちらが段差を超える時に、大きくブレルから固定/可動の両軸をどうやって平均させるか、からはじめる)
実際、三点支持の固定軸側が段差を通る時の車体のブレと、ロンビックで前後どちらでも同様にしかブレないのを実際に見ると、ほとんどの人がロンビックに軍配をあげますね。三点支持の場合のように輪軸に平行な二点が固定軸上にあるのではなく、可動台車で言うボルスターネジのところに移っているから当然なのですが...
「大辞典」に書かれている「車体の揺れがより自然に」というのが、「段差を超える時に、進行方向がどちらでも同じように揺れる」という意味だというのがわかるか、ですね。そういえば、「自作モデルでときどき」と大辞典にはありますが、キットで採用した奴も出てきていますね、蛇足ですが :-)
>>どんな世界でも誤解と偏見に満ちているのが普通で、「ちゃんと理解しろ」という方が元来無理な話なんですね(笑) 大辞典の方は訂正しておきました【ワークスK】
投稿: 稲葉 清高 | 2012/08/13 01:57