明治38年製の交直両用電気機関車
AC-DC operatable Electric Locomotive EP-1 of the New Haven Railroad manufactured in 1905-1908, and it's brass models.
しばらく前、とれいん誌スタッフによる「モデラーな日々」に珍しいアメリカ型の電気機関車が登場しました。NH、ニューヘイブン鉄道のEP-1です。この辺りがテリトリーだという平野聰氏の一文で、極めてレアなモデルをよく入手できたものです。
実を言えば、別の意味で私自身も興味を持っていた電機でした。まず小さな先輪を持つ珍妙なスタイルをご覧ください。これで実物が最高時速80マイル/時、128km/hだというのですから驚きます。【画像はクリックで拡大します】
写真は、とれいん誌1982年2月号の製品紹介から転載させていただきました。メーカーは日本のTamacという名前で、何社かが共同で立ち上げたブランドとのことです。
インポーターはカスタム・ブラス。発売の10年も前になる1972年頃発行(この発行年の根拠は追記2を参照)の同社カタログに予告されています。それに拠れば、ギアレスのクイルドライブです。
また、NJIが編纂した図面集(1987年刊)にも出ています。
この電機でもう一つ興味深い事実は、交直両用ということです。
先行試作機のNo.01が登場した1905年といえば明治38年。この時代で交流11,000Vと直流650Vの両方で走れるというのです。以後1907年に35両、1908年6両で、40年以上にわたって活躍し、1947年まで残っていたそうです。
日本の国鉄が1950年代後半に仙山線でイグナイトロンやエキサイトロンの試験に明け暮れたという知識しか持たない私は、首を傾げるばかりです。イグナトロン
交流電気機関車や新幹線の0系は、変圧器の出力側をタップ切り替えして電圧を制御し、その電気をシリコン整流器で直流に変換してから直流モーターを回す原理です。
ウィキペディア日本語版の「電気車の速度制御」という項目を読んでも、該当する説明がありません。
ペンシルベニア鉄道のGG-1も交流11,000V、25Hzで、速度制御がトランスファーマー=変圧器に拠っているところまでは判るものの、その先が不明です。水銀整流器は1902年に発明されたというし、変電所で使われていた回転変流機を小型にして載せたのでしょうか。
そんな中で、とうとう発見しました。
Yahoo百科事典の「電動機(執筆者:磯部直吉)」という項目です。
「単相直巻整流子電動機を電車および電気機関車に使う例がヨーロッパにある。整流をよくするために25Hzまたは50/3Hzなどの低い周波数が用いられる。電車の場合、電動機1台の容量が150~250kWのものを1車両に4台備える。電車線電圧は15,000Vを用いる例が多く、車両内に変圧器を備え、一次または二次側に多数のタップを置き、その切り替えにより電動機に加わる電圧を変えて速度を制御する」
これです。これです。「ヨーロッパ」というフレーズが引っかかりますが、絶対にこれです。 「整流が悪い」とはコンミテーターから火花が出るということ、それが良いという25Hzが商用周波数50Hzの半分というのは、発電所側が供給しやすい数値なのでしょう。
11,000Vなどという高い電圧を使う理由は、変電所の数を減らせるためと、給電・集電システムに大電力を流せるため。さらに、直流だったらモーターに直列に抵抗器を入れて半分の電力を捨てざるを得ないのに対して、変圧器のタップ切替で効率が良いというメリットもありそうです。
さらにウィキペディア日本語版の「交流整流子電動機」は次です。
「長所:始動トルクが大きい。高速回転させやすい。電源の極性にかかわらず回転方向が一定である。短所:整流子が有るため、電気的・機械的雑音が多く、保守が煩雑である。無負荷回転数が高い。単相直巻整流子電動機:回転子と固定子の巻線が直列に接続されている、交流でも直流でも使用できるためユニバーサル・モーターとも呼ばれる物である。電気ドリル・電気掃除機・ミキサー・コーヒーミルなどに用いられる」
おおっ、ということは昔の3線式Oゲージのモーターじゃないですか。特性も、電車に最適といわれた直流直巻(ちょっけん)電動機とまったく一緒です。右はEB型電関の結線図(模型とラジオ誌1964年3月号増刊)で、要は、界磁と電機子を直列に結んでいて、バックするときは、「逆転スイッチ」を切り換えて、この図では電機子だけ電流の方向を逆にするわけです。
Wikipedia英語版には次のセンテンスがありました。
ユニバーサル・モーターuniversal motorは、商用周波数では1kW(約1.3馬力)を超えるものは稀だが、25Hzや16.7Hzという非常に低い周波数の交流電源では一般的に電気効率が高く、初期の電気鉄道で主電動機の基本となった。また、この設計の機関車は直流の第3軌条式でも運用された。
では、このモーターの回る仕組み、原理はどうかと探すと、OKWaveというサイトに、そのものズバリの質問と回答を探し当てました。
「なぜ、直流も交流も対応できるのか」という問いに、mukaiyamaさんという方の答えは「モーターを逆回転させるのは、固定子か回転子のどちらか一方のみを逆方向につなぎ直します。固定子と回転子の両方を同時に逆接続したら、元の方向に回転します。運転中に短い時間間隔で、固定子と回転子の両方つなぎ替えても何事もなかったように回り続けます。つまり、交流でも使用できるのです」と明快です。
以上のことから、モーターは交流直流の両方で使える単相直巻整流子電動機で、交流での速度制御は変圧器ということが確実です。
残る疑問は直流での速度制御ですが、時代的に考えれば、直列に抵抗器を挿入する、いわゆる抵抗制御のはずです。模型でいったらレオスタット式です。第3軌条区間の低速域のみで使うのなら、簡単な装置で間に合ったのではないかと思います。
改めて、ペンシルベニア鉄道GG-1のスペックを調べていくと、モーターの極数が6極と極端に少ないあたりが交流整流子電動機の特長なのかも知れません。
電車線: 11,000 V AC, 25 Hz、主電動機: 400 V AC, 25 Hz 287.5kW 12個 6組, 6極、変圧器: 4,600 kVA 電空制御式 旅客用22タップ、貨物用17タップ、蓄電池: 32V, 300AH、補助器:オイル焚き蒸気ボイラー14kg/cm2 2.0 ton/h
これでやっとウィキペディア日本語版で「交流電化」の解説が腑に落ちました。
ところで前回、北米の電化を話題としたときに、WURE氏のサイトへの言及を失念していました。地図に現れる各鉄道についての詳細な解説があります。
北東部の電化区間の地図を再掲しておきます。
なお、New Havenは、カタカナで「ニューヘブン」と表記されることが多いのですが、「Haven」を辞書で引くと「1 避難所,安息所。2 港,停泊所」という意味で、「Heaven=天国」ではありません。租税回避地=タックス・ヘイブンなどと一緒ですから、「ニューヘイブン」の方が適当ではないかと思います。
そうこうしていて、グレートノーザン鉄道のY-1(後にPRR FF-2)が、同じ交流11,000Vでも、モーター・ジェネレーター、すなわち電動発電機で交流を直流に変換していたという資料に行き当たりました。一難去ってまた一難。またしばらく楽しめそうですね。
【追記】コメントでの御指摘に慌てて確認すると、仰る通り"Tamac"は日本のメーカーでした。Uncle Dave's模型店のサイトに拠れば、存在していた年代は1981-83年です。ブラス・モデル・トレインズ第2巻を確認すると、Tamac/CBの組み合わせでNHがEP-1、EF-2とEF-3、それにB&MのHoosickトンネル用電機がリストアップされています。アート・オブ・ブラス第2巻の方に掲載の写真は、NHのEP-1に加えてEF-2(下写真)と、B&Mのクラス5000です。2009-11-12
【追記2】カスタム・ブラスのカタログに掲載されているモデルの発売年をブラス・トレイン・ガイドブックで調べると、模型写真があるBL-2(品番DE-110)が1972年、 実物写真のみのGP30(品番DE-102)が1973年でした。よって、カタログの発行された年は1972年ということになり、TAMAC製電機発売とは10年の開きです。如何にも気の長い話ではあります。2009-11-28
【追記3】ニューヘイブンEP-1のモデルがYahooオークションに出品されました。その写真が余りに見事だったので、ご了承を戴いて引用させていただきました。ちなみに落札金額は40,500円です。2013-01-17
【追記4】この電機に引き続いて1908-1909年(明治41-42年)にNHが導入した交直両用電車の全自作モデルが現われました。作者は兵庫県川西市の立川晃三という方で、秋元宏氏編集の「模型大学NEWS」2018年11月20日18-11号です。だいぶフリー化されているものの、4両編成とは入れこみ様が尋常ではありません。2018-11-06
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コメント
このモデルを一台ですが、持っております。
比較的外観の工作が良好なのと、実物が技術史的に意味が在ろうかと、発売当時にコレクションに加えた覚えがあります。
もう四半世紀以上も昔の製品です。昔語りになりました。
韓国製ではなく、東京の多摩地区のメーカーが合同で立ち上げたブランドです。タマックと言う名前がそれを示しています。
その合同の仕掛け人であるA氏は、米国のグラントの日本代理店を務めようとされたり、鉄道模型の幅広い展開を意図されましたが、程なく撤退されました。
私も、その展開の際に相談に与りました。マーケットを広げるには、余りに問題が山積していたのです。
>>御指摘ありがとうございます。早速訂正させていただきました。【ワークスK】
投稿: 佐々木精一 | 2009/11/12 16:11
「極めてレアなモデル」とのことですが、A氏の営業努力もあって、日本国内販売がなされた当時には、横浜の篠原模型店を始め、都内のアメリカ型ブラスモデルを扱う模型店には、結構、置いて在ったように記憶します。また、催事の折にも並べられて居りました。
ですが、売れずに何時までも残っていました。売れなかった理由は、高価であった事と渋い機種だった事でしょう。
ED機なのに結構な値段でした。そして、この機関車の素性を見抜くモデラーが果たして何人いたでしょうか、、、。
日高冬比古・先生は流石に見抜かれて、とある模型店の店内で、このモデルを手にしている私の傍らから、「11000ボルトと650ボルトだからなあ、、、」と、声をかけて下さいました。その時の日高先生の「佐々木青年!買うのかね、、、」と言った優しい御声を懐かしく思い出します。
とれいんギャラリーに出されたのは随分と後のことです。松本謙一・大兄のコレクションの方ではなく、販売品のガラス・ケースに登場しました。この時は大変に破格的な安い値段でした。細い糸紐の付いた小さな値札に記された価格は魅力的でした。
そうですか、平野君が買いましたか、、、。
投稿: 佐々木精一 | 2009/11/15 19:36
「この機関車の実物は、少しの入れ替わりが在りますが、まるでカツミのOゲージ三線式ではないですか、、、」と日高冬比古・先生に申し上げると、
「そうなんだ、、、」と日高・先生は笑顔で応えて下さいました。
先年、日高冬比古・先生は亡くなられましたが、このモデルを手にする度に、日高・先生の笑顔と優しさを思い出します。
この度の思い出の機会を頂戴いたしました当ブログのワークスKさまに感謝申し上げます。
>>色々と御教示、ありがとうございました【ワークスK】
投稿: 佐々木精一 | 2009/11/19 22:19
ホームページ紹介ありがとうございます。
交流電化の件ですが、インターアーバンでも1905年から1910年までの間に20路線ほどで導入事例があったようです。
(細かい機構までは確認していないのですが)紹介の電気機関車と同様、ユニバーサルモーターと変圧器を搭載した電車を導入し、路面電車会社の併用軌道区間に乗り入れるときには直流で走行できる装備を持っていたそうです(自社専用の併用軌道区間は低圧交流)。
手持ちのインターアーバン関連の本によれば、変電所設置コストが節約できるという話に気を良くして導入したものの、使い勝手は最悪で、数年~20年ほどで直流電化に切り替えてしまった路線がほとんどとのこと。最短は後にボルチモア-ワシントン間の高速運転で名を馳せることになるワシントン・ボルチモア・アナポリス電鉄の2年(1908年~1910年)で、路面電車用の2線式ポールとワシントン市街乗り入れ用の地下集電装置を備えた電車の導入が必要な上に、そこまでしても重量の問題で市街中心部に乗り入れる事が出来なかった事から、短期での置き換えに至ったようです。他の有名な例としては今でも現役のサウスショアー線が1926年まで交流電化で、こちらは路線長も長いことから電気機関車もあったかもしれません。交流時代はシカゴの乗り入れは付随車のみでした。
欧州にも同様の路線がいくつかあったようで、オランダのロッテルダム~デンハーグ間の路線(1908年開業)などが有名なようです。直流化後国鉄に編入されローカル線化、ロッテルダム側は、中央駅から離れた南海の汐見橋駅のような場所から発着しています(今秋訪問したので後日写真を紹介します)。
追伸
「ニューヘイブン」の指摘ありがとうございます。私のサイト、カタカナ表記は「A適当に書いている部分」と「B英語表記に比較的忠実な部分」と「C日本でよく使われる表記」3つの間でかなり揺れがあり、しかもB、Cどちらにあわせるかを結論づけていないので、適当なところもほったらかし、というあんまりよろしくない状態になっています(すいません・・・)。この記事に関しては、執筆時期が古く、路面電車等の記述は他ともかぶるので、表記ともども近いうちに直そうかな(「エリー鉄道」も「イリー鉄道」のほうがいいので)と思っていまず。
>>解説をありがとうございました。当時、それほど普及した方式だったとは驚きですね。交流から直流を作る回転変流機の進歩も関係するとは思います。気長に資料を探すつもりです。またよろしくお願いします。【ワークスK】
投稿: WURE | 2009/12/16 20:51