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2009/12/31

ピーター・デニー師のバッキンガム・ブランチ

We old modelers all remember him, and will never forget the "Buckingham Branch."

Peter1  アメリカのトレインオーダーズ・コムに英国モデラーの訃報が掲載されました。
 Buckingham Great Central Railwayで有名だというPeter Denny牧師です。

 私は、この「バッキンガム」でハタと思い当たりました。
 鉄道模型趣味誌の主筆、山崎喜陽氏が大昔に紹介されたことがあるのです。
 それは、ヨーロッパを巡られた折り、「本物のバッキンガム宮殿には見向きもせず」、「ロンドンから汽車で7時間、西端のニューキーというところに行って有名な"Buckingham Branch"を撮ってきた」と記されたレイアウトの作者です。【画像はクリックで拡大します】

 その訪欧は、ロンドンで開催された米国模型鉄道協会NMRAの大会に合わせた1971年8月の20日間だと、同年11月号のミキストは伝えています。
 ペンタックス2台で1,500枚の写真と、E社(?)製カメラで20本の8mmを撮りまくった結果はその後、次々と誌面を飾り、我々の度肝を抜くことになります。伯爵のコレクションも、オランダのマドローダムも、フランスのドコービルも、ライブスチームの多様な楽しみ方も、改めて調べればロバート(ボブ)ブラウンのナローも、総て一連の記事で知ったのです。

 そして、1972年新年号で16頁を占めたのがピーター・デニー師のレイアウトでした。1/76、18mmのEMゲージ、広さは8畳程度ですけれど、その作り込まれたシーナリーは、G&D鉄道とは違った感動を与えてくれたのです。なお、写真と図版は皆、鉄道模型趣味の誌面から引用させていただきました。フォトショップを使って若干の修正を行っています。

Peter3_3

Peter4  そして、さらに驚愕したのは運転法です。
 ポイント・ツー・ポイントというのか、櫛形ホームの始発駅を発車した列車は、他端のターンテーブルで列車ごと、ひっくり返されて、また元の始発駅に戻ってくるというのです。さらに、運行管理にコンピューター(!)を使うのです。
 75年2月号には、デニーさん本人の解説記事9頁が掲載されました。写真の機械を「バッキンガムのコンピューター」と冗談めかして話してくれたとのことです。パソコンが発売される数年前、やっと100Vコンセントに繋ぐ光電管式の電卓が世に出た頃です。

Peter2  実物と同じようにダイヤに則って定時運行をするという概念は、当時の私にとって理解の外でした。息子2人と計3人で運転する様にレイアウトを設計したけれど、1人が協力してくれなくなったので「バッキンガム・コンピューター」を開発したのだそうです。
 説明を読んでいくと、なにか時刻表に追いまくられている様な気分になってきますが、文末のコメントには、「"それでリラックスした気分になりますか?"と問われれば、私は"イエス"と答えます。こんな忙しいめにあっても、模型列車の運転は本当に楽しいもの」と書かれています。

 単なる自動運転ではないのですね。
 レイアウトで、オペレーターの役割を楽しみたい。そのために、線路を敷き、駅や信号所を作る。必要な車両をそろえスムーズに動くように整備する。そして、それら全てを定時で稼働させるためのバックアップ・システムATCも用意した、ということですか。
 確かに運転指令は、演じていて面白い役どころなのかもしれません。順調に動いているときにはそれなりに、また異常事態となっても上手く切り抜けられた後の快感たるや至福のときだと聞いてはいるのですが、それをモデルに求める必然性を、悲しいかな私は今でも見つけられないでいます。

 なお、バッキンガム・ブランチをネットで検索してみると、言及されているサイトには、光山市交通局と、ダマタカの鉄道模型工作がありました。

 同牧師がイギリスの雑誌に発表された記事のリストは RMweb.co.uk Peter Denny and Buckingham - Bibliographyです。単行本まで出版されているのですから、紹介しているサイトはまだまだあるはずです。

 また、トレインオーダーズ・コムの訃報には、TMS誌に記事があることを紹介しました。また、付け加えて、「1971年時点の数年前というMR誌に記事があるはずだが、見つけられない」ともコメントしておきました。 期待する答えは返ってくるのでしょうか。

 このところ数々の残念な悲報に接して、改めて先人達が切り開いてくださったこの広大で深遠な世界に思いを馳せています。

Trepolpen Valley Light Railway 【追記】モデル・レールローダーに載ったという号を探すに当たって2つ、障害がありました。一つは、山崎喜陽氏が号数を書いてくれなかったことで、もう一つは不思議なことにカーンバック社のアメリカ鉄道模型雑誌検索で引っ掛からないことでした。
 同氏が記事の中で繰り返しMRを参考にしたと述べておられるのだから必ずあるはずだと、虱潰しに当たって見付けました。1966年4月号です。

 なんと、デニー師が表紙になっています。Trepolpen Valley Light RailwayというOゲージの庭園鉄道の方です。バッキンガム・ブランチは本文で6ページです。

The Buckigham Branch Line

Tms6808_2  この庭園鉄道は、山崎氏が記事中に「TMSの242号に掲載」と記していて、当方の蔵書が一寸出しにくかったので、友人にスキャン・データを送ってもらいました。1968年8月号です。レールウェイ・モデラー誌からの転載記事3編からなる、イギリスの庭園鉄道特集の冒頭、3ページ半です。ゼンマイ仕掛けのOゲージとあって、思い出しました。巻いたゼンマイが伸びきるところに駅があるというあのレイアウトです。
 バッキンガム・ブランチの運転を手伝わなくなり、その代わりとなったコンピューターの呼び名というCrispin君が写っています。2010-01-01

【追記2】まったく関係のない話なのですけれど、アメリカのバージニア州に、バッキンガム・ブランチ鉄道Buckingham Branch Railroadという名の実物が存在することが判明しました。名前の由来はバッキンガム郡Buckingham Countyで、州一番の大きなショートラインだそうです。1989年の運行開始ですから、モデルの方が早いことになります。
 季節的にエクスカージョン列車を運行していて、邦人の方の体験記もありました。2012-04-12New Quay, Railway Modeller, the Rev.Peter B. Denny, the Reverend Peter Denny, Kiyo Yamazaki, バッキンガム・ブランチ, ピーター・デニィ, Model Railroader Magazine April 1966

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コメント

 突然の訃報に驚きました。

 バッキンガムブランチ(というのが正式名称のようですね)はGDラインなどと共に私にとって未だに目標(とても遥かな物ではありますが)となっているレイアウトです。

 レイアウトそのものも去る事ながら(雑誌や写真集だけでの印象ですが)趣味人としてのあり方や心構えの点でも学ぶべき事の多い方だったと思います。

 謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。

>>TMSとMRを読んだだけでも、柔軟な発想力と素晴らしい工作力、さらに卓越した実行力と並外れた持続力を備えられたモデラーですね。60年にわたって雑誌に投稿し続けられたという事実にも唖然とさせられます。【ワークスK】

投稿: 光山市交通局 | 2010/01/01 00:54

コンピュータ部分の白黒写真を見ると、巻き取り式のパンチカードを使った非常に原始的な装置ですね。
この年代ですと、この手のパンチカードはジュークボックス(自動で音楽を演奏する機械)などに広く使われていました。その部品を流用したのではないかと想像します。

>>TMSの説明は、何度読んでもイメージが湧きません。頭が固いのですかねえ(笑) 単なる自動ピアノ風のスケジュール・パターンではなくて、シーケンサーの働きをさせている様な気がするのですが……。【ワークスK】

投稿: YUUNO | 2010/01/01 00:55

本棚の奥深くしまい込んであったバッキンガムセントラルの単行本を引っ張り出してきて、眺めています。
あらためてびっくりしたのは、これだけのレイアウトと車輛群を手動式ドリル盤はじめ手工具だけでつくりあげているという説明とその写真でした。
このころのTMSの情報はまさに驚きと刺激の連続でしたですね。なにかなつかしくあのころを思い出させてくれました。
本年もどうぞよろしくお願いします。

>>模型は1誌だけだったTMSに、世界中の新しい情報が続々と掲載されて、アマチュアの我々にも出来ることが無限に広がっている様な気がしていた……といったらオーバーでしょうか。今年も宜しくお付き合いください。【ワークスK】

投稿: skt48 | 2010/01/01 09:08

この晩秋からデニー師のOゲージの庭園鉄道が気にかかり、件のTMS旧号を取り出して読んだり致しました。
昔、このTMS旧号の記事を読んで感銘を受けたのはゼンマイ(発条)を動力にしている事でした。
ゼンマイと言うとハズミ車と共に玩具の動力の最たるものとされますが、ゼンマイは生活実用品の動力でもありました。
私の生家の柱時計は、オキュペイド・ジャパンと標された精巧社のモノで、そのゼンマイを毎夕食後に巻くのが幼少の私の仕事でありました。
また、電池の目覚まし時計の音では爆眠する我が愛娘の眠りは覚ましきれず、強力な音を立てるゼンマイ仕掛けの目覚まし時計が我が家では、その任に当たりました。
趣味の物ではハイカラ好きの叔父の8ミリカメラがゼンマイ仕掛けでした。
私が大学時代に所属したデザイン研究室の乙竹先生の愛機であるボレックスの16ミリカメラもゼンマイ仕掛けでありました。
ゼンマイ動力は侮れない動力だと存じます。
中山昇氏(元・ナカヤマモデル店主)にゼンマイ動力の鉄道模型についてお訊ねしたところ「さて、、、」と言うお返事でしたが、池末弘氏(元・シバサキ模型店主)にお訊ねしたところでは、戦前の模型雑誌にはゼンマイ動力の鉄道模型の記事が在ったと記憶されているとの事でした。
エンド・ツウ・エンドの庭園鉄道で終点駅に列車が達すると、そこでゼンマイの発條が終わり列車が停止すると言うのは、とても愉快です。

デニー氏の御冥福を御祈りいたします。

投稿: 佐々木精一 | 2010/01/11 21:43

件のバッキンガム・コンピューターについて、私もワークスKさんと同じようにシーケンスの働きで鉄道模型を運転しているのだと推察しております。
また、これをアナログ・コンピューターだと断じている方もお見かけしますが、今日の我々が使用するデジタル・コンピューターと異なる方式であっても、またプリミティブだからといっても、デジタル・コンピューターに非ずという事にはなりません。
この様に穿孔を利用しているので原始的に見えますが、その穿孔こそオン・オフのデジタル信号の在り方だと理解すべきでしょう、、、。
それにしてもデニー師の創造的モデラー振りに敬意の念を懐かずにはおられません。

デニー師の御冥福をあらためて祈念致します。

投稿: 佐々木精一 | 2010/01/11 22:25

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