緩和曲線が無い軌道の体験
Why do we need the transition curve on railroads
12月号とれいん誌の製品紹介によれば、Nゲージの線路はトミックスでもカント付の線路が売り出されたとのことで、時代が進んでいるなあとつくづく思います。
では、その傾く角度はいかほどかと、写真から割り出すと、約6°でしょうか。9mmの軌間では、外側の線路を1mm持ち上げていることになります。カトーのものもサイト写真から割り出すと似たような値でした。実物の最大値は以前にご説明したとおり、標準軌が180mm/1465mm=0.1254=傾き7.2°、狭軌が105mm/1067mm=0.0984=傾き5.6°ですから、ほぼ実物通りということでしょう。
またこのカント付き線路は複線間隔も大き目で、さらに実感的です。
ただし、ガッカリしたのは、前後に取り付くアプローチ線路がただの単一半径で、緩和曲線になっていないことでした。【画像は全てクリックで拡大します】
この緩和曲線という知識を私が得たのは当然、TMSの誌面です。
「高級モデル・ノート」という特集に出ていた湯山一郎さんの「16番に緩和曲線の試み」(1955年3月号初出)という記事で、先輩から借りた59年刊の初版を貪るように読んだものです。
その結果は、同誌1971年8月号の組立レイアウトとなりました。
緩和曲線は、3次曲線の曲線半径Rが、次の図のA点で無限大、そこから約24.1°(記事では16本組で使い易いように22.5°)だけ曲がったD点で極小値を採るという性質を用いて、直線と曲線とを滑らかに繋ぐというものです。
この記事以外での解説は1960年1月号、桜井憲一さんの「深山観光鉄道」(特集シリーズ14「レイアウトサロン」に再録)ぐらいですから、これでも参考になるはずです。
単純にいえば、曲線半径Rから、図1のfとXcを拾って、F点からA点を求めて、あとはA-D間を滑らかに結ぶということです。この表にない半径でも、3乗の計算をしなくても、全て比例計算で求まります。
さて、私が新入社員だった頃の話です。
勤務先が経営する遊園地で二人乗りのジェットコースターが計画されました。確か、マッドマウス(豊永産業のHPから写真を転載)という名前だったと思います。これの安全性をチェックする仕事が回ってきました。分厚い図面の束を見始めたものの、製作図面ばかりでは全体の仕組みが掴めなかったので、既に営業している遊園地へ見に行くこととしました。奈良ドリームランドです。
平日の園内は閑散としたものでしたが、若い人々がそこそこ来ていることは意外でした。まあすべて二人連れですね。こっちは男一人で全くの阿呆面です。マッドマウスの2人乗りという意味も、唐変木なことにそこで初めて知りました。右に曲がり左に曲がり、上がったり下がったり、キャアキャアと騒がしい限りでした。実際の動きは動画サイトにたくさんアップされていますから、そちらをご覧ください。
詳しい数字は忘れました。電車では0.1Gとか0.2Gで大騒ぎしていたのに、マッドマウスで計算すると0.7Gとか1.0Gという強烈な左右動の加速度が出たのではなかったかと思います。気分が悪くならないか、とか、メガネが飛ぶかも、と心配したのですけれど、それは要らぬお節介ですね。
バネが無くて、カントや緩和曲線も無いということで、日常生活ではあり得ず、また予測不可能な衝撃がかえって面白いというのですから、面食らいました。
で、連想したのは模型の運転です。市販のレールを組んだ小判型のエンドレスが、線形的にはこれと一緒なのです。身体を小さくして乗り込めば、こんな乗り心地なのだろうということです。
メーカーの担当者から聞いたところでは、宙返りコースターだけはクロソイド曲線を使っているという話でした。なんでも世界最初のものは単円で、鞭打ち症が続発したそうです。ネットを探したらここ(日本機械学会誌pdfファイル)に出ていました。
そりゃあそうだろうと思います。
遠心力(向心力)の大きさは、速度の2乗に比例して、半径に反比例ですからF=mv2/r 直線ではゼロで、曲線に入った途端にこの力が、曲線の外側へ向かって働きます。すなわち、突然に大きな力が身体に加わるわけです。程々なら面白いのですけれど、限度があるということですね。
ところで、前述の「高級モデルノート」には緩和曲線の主眼として、連結器が外側に振れることによる脱線の防止というような編集部註が付け加えられています。
私が訝ったのは、実物で緩和曲線が設けられている箇所は、連結器の振れ角を気にするほど小さくはない大半径で高速で走行する曲線だということです。 それに、速度の低い分岐器に付帯する曲線、また車庫内や路面電車の曲線は、カントが無い上に緩和曲線も無い、ということです。
少なくとも実物には、脱線防止などという目的は全くありません。
一方モデルは実物とは比べものにならない急曲線ですから、ここで連結器の振れによって脱線し易い傾向があることは確かです。しかし、カワイなどの木製道床やカツミの金属道床、カトーのユニトラックでも、いわんや3線式OゲージやNゲージでも、緩和曲線なんて売り出されたことはありません。【追記6】を参照
要は、程度の問題です。リスクが高いといっても、ホンの僅かです。
機能的にいったら緩和曲線は不要。人間が乗らないモデルには基本的に必要がないということです。カントには車両が転覆しないようにという明確な理由がありますが、緩和曲線には乗り心地を良好に保つ意味しかないということです。
すなわち、モデルでは“見てくれ”だけです。湯山一郎氏も最初にそう述べられています。
そうです。市販の製品だけで作った線路は、不自然だと思いませんか?
せっかく長い編成を走らせても、この箇所で連結面がチラチラしてカクカクカク……と曲がるのでは興ざめになりませんか?
RMモデルズ誌1月号で紹介されているレンタル・レイアウトが、どうして軒並み安直に市販レールを並べただけなのか! 情けないの一言です。
近年はもうフレキシブル・レールを売っていないのでしょうか。枕木にレールをハンド・スパイクするのは高度すぎるとしても、Nゲージで盛んなモジュール・レイアウトや固定レイアウトで、どうして緩和曲線を導入しないのでしょうか。
JRや大手民鉄の長大編成には不可欠なはずです。
車両はスケール・モデルと言えても、線路はトイ・セットのレベルじゃないですか!
完全な3次曲線である必要はありません。曲がりに余裕を持たせて、単に直線と曲線を滑らかに結べばよいのです。曲げ方は目分量で十分です。「高級モデルノート」の表の下3段の数値が参考になります。
なお、「緩和曲線の作り方」を解説されているサイトもありました。是非、美しく曲がる線路、華麗にうねる長大編成を走らせていただきたいものです。理屈も作業も難しくはないのですから。
とまあ、本来ですと、ここで私の組立レイアウトを持ち出してきて動画を撮影し、その魅力をご披露しなければならないのですけどね。
【追記】某氏に拠れば、標準軌の某電鉄のカント最大値は160mmとのことです。2010-05-16
【追記2】「情けない!」などと言った手前、カトーのユニトラックで緩和曲線を試作してみました。思いの外、簡単です(全5回)。実物の歴史的探求は「緩和曲線の測量学」(全2回)にまとめました。2010-05-11
【追記3】記事の最初に掲げた京阪電車は、京橋の大カーブを行く2400系2次車です。この車の改修工事は、80形冷改と共に会心の出来映えのつもりなのですが、理解していただける方がいませんね。新発売となったNゲージ製品は何かひとつ、不足しているような気がします。
中ほどの客車ヤード写真は宮原操車場です。
【追記4】トミックス線路のカントは、RMモデルズ誌1月号p63には4°とありました。2009-12-15
【追記5】枚方(ひらかた)パークに行って件の軌道を撮影してきました。緩和曲線が無い乗り心地を体感したい方にお奨めです。もちろん、私の関わったものではありません。
これはわざわざ観覧車に乗っての撮影でした(その経緯)。2010-11-05
【追記6】小曲線でカプラーの振れによって発生する脱線を,緩和曲線の挿入によって解決しようという方法は,実例を見たことがありません.一般な製品での解決策は,カプラーを台車マウントとするか,カプラーを首振り構造にするか,です.台車マウントは実感を大きく損ねたり長大編成が難しいという弱点があります(アーノルドカプラーを除く).首振り構造が許容できないプロトタイプモデラーは存在しますが,私は容認派です.こちらは復元力を適切に選ぶことにより十分に機能します(ちなみに,国鉄の古い20メートル客車は,復元力を持たせた自連装備でした).本来は,使用する曲線半径と分岐器番数に合わせて通過させる車両の長さを制限するべきは自明ですね.高急モデルノート2の脱線事故のブログ記事を読んで,高級モデル・ノートの記述を思い出したという次第でした.2023-12-25,2024-03-25
| 固定リンク
「緩和曲線」カテゴリの記事
- 緩和曲線の測量学(2)(2010.06.09)
- 緩和曲線の測量学(1)(2010.06.04)
- カトーのユニトラックで緩和曲線を(5)(2010.05.22)
- カトーのユニトラックで緩和曲線を(4)(2010.05.15)
- カトーのユニトラックで緩和曲線を(2)(2010.05.12)
コメント
こんばんは。
100Rの曲線と短い直線で出来たオーバルトラックでBトレインなどを走らせると、直線から曲線にさしかかるときに連結面をちらちらと見せながら曲がって行く姿を見るのがうれしくて・・・
そのいかにもオモチャっぽい動きがショーティの編成の可愛らしさを強調しているようにも思います。
模型を実物を縮小して再現したものととらえるか、おもちゃ、からくりとして楽しむか、鑑賞する側、遊ぶ側のスタンスによって、違和感を感じるかどうか決まってくるのでは無いかと思います。
ただ、ぐにゃりと曲がったガーダー橋はさすがにちょっと、という感覚は否めませんが(苦笑)
>>コメントありがとうございます。その通りですね。……だから、電鉄の経営している遊園地のローラーコースターは面白くない、という話がありました(^_-)【ワークスK】
投稿: skt48 | 2009/12/09 21:34
こんにちは。
模型では緩和曲線を採用しているところを余り見ませんね。我がKTMCのレイアウトでは全面的に採用しています。レイアウトの基本外形は9x4.5mですが直線を長く取りたいこともあり曲線半径は900mmと規模に比べられたら小さいほうです。そのため「大きく見せる」という意味合いもあり緩和曲線を付けています。
図1で言うとR=900、θ=15°、f=10、Xc=200、Yc=5(単位mm)これを守り後は滑らかに曲がる「感じ」で線路を敷きました。当初はカント無しでしたが今は半数以上に付けています。レールの高低差は1,2mmとなっています。
走らせてみるとカーブに「ざーとなだれこんで来る」雰囲気で良い感じです。高速時も安定していることは言うまでもありません。
今年の合運で撮った動画をご覧下さい。
>>ダッシュ9(?)牽引のダブルスタック長大編成が高速で走る本線は堪りません。緩和曲線の効果テキメンでしょうね。【ワークスK】
投稿: ひかり・こだま | 2009/12/12 12:35
修善寺の旅館で見事な緩和曲線を拝見し、なんとか実現したいと思っていたので、この記事は大変有難いです。TMSのバックナンバー漁りをしていた頃を思い出しました。憧れのモデラーさんが現役で活躍されているのを知り、私も頑張らねばと勇気付けられました。ありがとうございます。
>>こちらにもコメントをありがとうございます。緩和曲線を是非、全国に広めたいですね(笑)【ワークスK】
投稿: kazycom | 2011/12/27 13:17