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2010/01/03

オーバーランド・モデルズの10年

The Latest Decade of Overland Models Inc., a brass importer

 前々回、ウォルサーズHOカタログの、今年2010年版と、ちょうど10年前の2000年版を較べていて一つ、思いついたことがあります。プラスチック製品がどんどん進歩している一方で、ブラス製品は生産数を落としているのではないか、ということです。
 情け無いことに私は、HOではホンの一部、BN物にしか興味がなくて、常時ウォッチしているわけではありませんが、ブラスの雄、オーバーランド・モデルズ社OMIの新製品が出にくくなっていると思ったのです。その広告が掲載され続けているRMC誌の裏表紙を眺めていくと、現在、その届く号、届く号の絵柄が全く変わらないなのです。【画像はクリックで拡大します】
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 左は、2007年10月号から09年8月号まで23号にわたって掲載されていた省エネ型入換機、ジェンセットです。実物写真ですから、いつまで経ってもモデルの写真が現れないとヤキモキしていた方もおられたことでしょう。昨年9月号ではやっと右に代わったものの、また10、11月号と同じものとなっています。

Rmc0001b  それに対して10年前の2000年はどうかといえば、12冊とも全く異なる内容です。右は1月号で、ジョルダン車をはじめ、SW10、SD45T-2、GP15-1です。他の号は、SPのAC-11、RF&Pの4-8-4、U30CG、F59PHI、シスコ・ブリッジ、OゲージでSD60とSD70、Nゲージでは3ユニット・タービン等々。さらにカレンダーまで売り出していて、その多彩さには呆れます。

Rmc0507b この10年の間に一体何があったかといえば、ちょうど中間の2005年には、タワー55というプラスチック製品のブランドを立ち上げています。そして、翌年にES44DCとES44ACを売り出したものの、2008年には金型をアサーンに売却して、タワー55部門を閉鎖という事態になっています。

 ところで先日、大阪のある模型店にOMIの韓国アジン製SD60MやSD70MAC、Dash9といった大型ディーゼル機が16両も並んでいました。2ヶ月ほど前に売りに出されたのだそうです。かつてはその美しいファクトリーペイントが羨望の眼差しで見られたものでした。付いていた値札は8万から9万円と、たぶん、当時はそれで求められたのだと思います。
 大部分は今では皆、プラスチック製品が発売となって、素材がブラスということ以外、魅力の無いものと言えます。尋ねると未だ1台も売れていないとのことで、普段アメリカ型を置いていない店という点を差し引いても、それはそうだろうと思ったものでした。

 ただその中で、私の食指が動いたモデルが1台ありました。BNのSD60MACです。この実物は1992年にBN向けの4両だけが製造されました。SD60Mフェーズ1の3面窓キャブとSD70MACの長いロング・フードを持つという、ちょっと変わったスタイルです。
 OMIはこれを何と翌々年の1994年に発売しました。現時点での市場価格を例のブラス・プライス&データ・ガイドで調べると、650ドルですから、日本で入手できるなら許容範囲と判断した次第です。まあ、量産製品が現れる確率は非常に低いはずです。

 このライトグリーンのSD60MACを、2、3年前に入手したプラスチック製アサーン・ジェネシスのダークグリーン、SD70MACと較べてみましょう。前者の製造は16年前ですから、後年の製品は進歩しているとは思いますが、目星、目安にはなります。
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 モデルそのままを目で眺めるよりも、こうして写真で見ると差異は歴然です。線の太さ以外に角の丸みや平面性、特にロング・フード側面の点検フタをご覧ください。

 これが2万円以下です。しかも欲しいと思えば必ず探し出せるのです。
 片や、9万円もして、入手するにはそれなりの手配りが必要だったモデルです。コレクションされていた方は信じられないと思います。残された15両の引き取り手が現れるのはまず難しいことでしょう。

 ブラス製品では、エッチング、プレス、ロストワックス、機械加工、ハンダ付と、様々な製法を組み合わせるわけですが、それは取りも直さず、それぞれに制約があるということです。加えて多くの熟練した人手と若干の試行錯誤を要求します。エッチングにはサイドエッチング、プレス加工にはスプリングバック、ロストワックスにはゴム型、蝋型、石膏型などの収縮の集積、さらにハンダ付には高度なノウハウが必要で、バラツキが出ます。
 また製品によって、これらの組み合わせがガラリと変わり、工程が変わってしまいますから、メーカーは手配先の確保やラインの維持が大変です。

 それに対して、プラスチックとダイキャストはCADとCAM、極言すればバーチャル3Dの世界でしょうか。モールドにブラスほどの制約がないので、製造ラインはほぼ一定です。また、有限要素法を使ってヒケ具合の予想なんかも可能になっているかもしれません。
 流線型の微妙な丸みも、正確な形さえ判ればよいのです。台車、特に蒸機の先台車と従台車はショートを引き起こす元凶ですけれど、現代の手法では紙一重の設計が可能で、かつ、その通りに出来上がります。
 日本型でいったら、80系湘南電車の鼻筋のエッジや側窓の面取りという、紙やブラスでは至難の細工が、いとも簡単に成し遂げられるといった辺りです。

 現在のモデルの価値は製造に依存するのではなくて、企画や設計の段階で決まるということです。その証拠に、製品には「Made in China」の文字があるものの、KTMとかTenshodo、Samhongsa、Ajinに代わる表示は見あたりません。

 ところで、戦後にアメリカへ輸出された日本のブラスは、単に安価品の出現ということではなかったと思います。それは彼の地に、NYCとかUPに特化したコレクションやレイアウトを可能とする大変革、スケール・モデル・ワールドの現出をモタラしたはずです。
 航空機やディーゼル船などによる、交通、流通、通信の進歩の結果です。そして、80年代には、製造拠点が韓国へ移りました。

 さらに1990年代後半からは、電子技術の進展によってDCCやサウンドが開発され、設計製造レベルも飛躍的に進歩しました。それがマスプロ製品に、ブラスを遥かに越えたスペックをもたらしたのです。もちろん、中国の安い人件費も関わっていますが、それだけでは無いのです。
 スケール・モデルを越えた新しい概念で、リアル・モデルと言えないでしょうか。
 ぎこちない所作の大根役者だったものが、煙やライト、サウンド、また滑らかな走行という立ち居振る舞いを手に入れて名優となったといえば言い過ぎでしょうか。

 当然、OMIがタワー55を立ち上げた理由は、自社のブラス品質を手ごろな価格で提供しようなどという安直な考えではなかったはずです。「ブラスが売れなくなってきた。安いプラスチックのせいだ。じゃあ、自分たちも参入しよう。ただ、今までのOMIという高級ブランドに傷が付かないように、少しレベルを落とした新しい名前としよう」などとは、よもや……。
 OMIだって判っていたはずです。しかし、スペックと品質のレベル、値段と数の読み、さらに設計製造ラインと販売チャンネルの力量を見誤ったのかもしれません。

 ブラスに生き残る道はあるのでしょうか。マスプロ側がコンピューターを駆使すれば、スピードでも負けそうです。だったら、ほんの僅かしか売れるはずの無いマニアックな形式か、懐に余裕のある連中相手の超高級品、HOゲージ以外のOや1番ゲージ辺りでしょうか。

 なおTower 55のES44、BNSFスキームについてはnortherns484さんが全4回にわたって紹介されています。またOMI社のサイトはここです。

■2011年になって、同社は新しい動きを見せています。同年3月25日号をごらんください。2011-03-21

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