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2010/01/18

1981年のNMRAコンベンション

Recently, I got the two commemorative model of NMRA convention in 1981 Calfornia. Mr. Maesato Takashi had visited in the convention.

C. P. Huntington 4-2-4

Img768b カリフォルニア州鉄道博物館、特にCPハンティントンに憧れた切っ掛けが、とれいん誌の1981年11月号の記事であることは間違いないのですが、改めて雑誌を取り出して驚いたのは、その筆者名です。私は平井憲太郎氏あたりだろうとばかり思っていたら、前里孝氏でした。
 本ブログの読者もご存知のように、同氏といったら欧州型ですよね。先日、来阪されてお会いする機会がありましたので、根掘り葉掘りお尋ねしてみました。以下、私のメモです。【画像はクリックで拡大します】

Train81_11  訪米はサンマティオで開催された全米模型鉄道協会NMRAの1981年定期大会を取材することが主目的で、それまでに渡米経験が無かったので白羽の矢が立った。アメリカは後にも先にも、これ一度切り。

 サクラメントのカリフォルニア州博物館は、コンベンションの前後に見て回れるところということで探し出した。取材の軸は、あくまでもNMRA。他にカナダ、バンクーバー島の森林博物館を訪問して、シェイなどを見た。

 全体のスケジュールは、成田→シアトル→エドモントン(PFM訪問)→カナダ・バンクーバー島→飛行機→ロサンゼルス→ペリス→サンディエゴ→列車(サンディエガン+モーターコーチコネクション+サンホアキン+モーターコーチコネクション)→サクラメント→飛行機→サンフランシスコ→サンマテオ(NMRA会場)→飛行機→羽田。

Train81_12  飛行機と列車以外はレンタカーで、すべてフライング・ズーの井上生三さんの世話になった。バンクーバー島訪問は同氏の好み。

 サンディエゴからNMRA会場までは別行動で、その結果として、サクラメントからサンフランシスコへの移動が飛行機などという非常識なこととなった。

 ペリスのオレンジ・エンパイア鉄道博物館は,もちろんN電に逢うのが目的。ここの副館長は当時、盛んにインタアーバンの本を出していた出版社(インタアーバン・プレス?)の副社長でもあり、その後数年、同社の本を送ってくれ、本誌BOOKS欄で紹介した。

 CPハンティントンは好きな機関車で、気合を入れて撮影した。NMRA取材用に大型ストロボを持参したので、苦労した記憶はない。カメラは、モノクロがNikonのF2、カラーはNikomatのEL。前者は自前で、後者は会社の持ち物。フィルムはたぶん間違いなく、普通のエクタクローム(EPR)。そしてN電を写すためだけに、4×5の組立暗箱を持参した。ペリスでの大判写真はそれ。

 私が勝手にメモした内容ですから、聞き違いがあるかも知れません。
 とれいん誌の記事を確認していくと、NMRA年次総会の様子は81年10月号に6頁、カリフォルニア州鉄道博物館は同年11月号で8頁、オレンジ・エンパイア鉄道博物館は次の12月号で6頁です。
 ただし、バンクーバー島の森林鉄道については前後の号でみつかりません。あるいは"レイル"でしょうか。検索すれば、20年後の同誌2001年9月号に須々木裕太氏の記事はあります。

 そして話は27年後の2008年の2月、サンタクララのOゲージ・ウエストの会場に飛びます。

Nmra81_ob

Nmra81_o_boxcar  ここで古いボックスカーのモデルを見付けました。私の大好きな旧アトラス、オーストリア・ロコ製で、NMRA大会記念貨車です。ただし、片方の側面の印刷が微妙にずれて2度刷りとなっているエラー物でした。

 ここで義侠心が起きたというか、「これを直してやれるのは、アルプス・プリンタを駆使するオレしかいない!」と思ってしまったんですね。
Nmra81_press  1981年のものというのは偶然です。側面右半分の絵柄に見覚えはありました。右写真は"とれいん"誌同年10月号に掲載されている前里氏の報道関係者入場証です。

 ダブって印刷されているところを、塗装を残して水研ぎの要領で落とすのは至極簡単です。あとは、正常な面をスキャナに掛けて、それをブランク・デカールに印刷し、切り取って貼り付けるだけです。ブランク・デカールは今回、透明なものではなくて、車体色と同じ白を使ってみました。黄変対策になるかと考えています。

 これで話が何とか繋がりました。
 CPハンチントンに関しては、博物館で撮影に苦労した話、その画像を修正する話シルバーストリーク製のプラスチック・モデルの話ケムトロン製ブラス・モデルの話、それに自作デカールを貼る話もご覧ください。

【追記】記念貨車でHOゲージ版も入手しました。HOガラクタボックスをご覧ください。2011-06-30
3DSC04059.jpg

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コメント

フライング・ズーは井上正三さんではなく、井上生三さんです。
とれいん10月号表紙の右の写真はミニランドのブースですね。
あの時分、井上さんはミニランドの売り込みに米国に行かれていたようなので、前里氏に同行されたのでしょうか。

>>御指摘ありがとうございます。さっそく訂正しました。Miniland以外で、エンドウN客車の写真が本文中にあります【ワークスK】

投稿: RAILTRUCK | 2010/01/19 16:27

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