明治人の見物した費拉特費万国博覧会(1)
Horse tramways that the Japanese of Meiji-era were sightseeing during the Philadelphia Centennial Exposition in 1876, part 1
国立国会図書館、近代デジタルライブラリーのサイトにはイントロダクションともいうべき電子展示会なるコーナーがあって、ちょうどこの6月、「博覧会-近代技術の展示場」という展示がアップされました。現在盛況を極めると伝えられる上海万博にあやかっているのでしょう。
ここには1900年までに開催された内外の博覧会一覧があり、出展品からみる産業技術発達の様子が豊富な図版を使って説明されています。「機関車・電車」なる画像も20数枚がアップされていて、その一端をうかがい知ることが出来ます。まあ、説明の珍妙さには目を瞑らなければなりません。
残念なことは、掲載資料一覧の中に示されている近代デジタルライブラリーの公開図書が、国内の博覧会に限られていることです。【画像はクリックで拡大します】
アメリカで開催された万国博覧会は、1853年のニューヨーク、1876年(明治9年)のフィラデルフィア、1893年(明治26年)のシカゴの計3回があって、日本も関与しているはずです。
そこでこのライブラリーを検索してみると、フィラデルフィアについて5冊が見つかりました。中でも1冊に「ストリート・カアStreet Car」なる単語が見えます。
5冊は次の通りで、我々が期待できるのは(1)だけです。「1876年」という年はアメリカの建国100年目で、センテニアル・エクスポジションの名はこれによっています。また「費府」は、「費拉特費」と共にフィラデルフィアの漢字表記です。
(1)米国博覧会報告書/米国博覧会事務局,1876年(明治9年)
(2)1876年費府博覧会分類略表/米国博覧会事務局,1876年(明治9年)
(3)官員録,明治10年6月-11年7月/日暮忠誠編,1877-78年(明治10-11年)
(4)官省布告類纂,明治8年1-4月/目賀多信順編,1875年(明治8年)
(5)米国百年期博覧会教育報告/文部省,1877年(明治10年)
で、その書名は「米国博覧会報告書」、編纂した「米国博覧会事務局」は、日本政府の機関ですね。
全体を5冊に分け、最初の3冊が日本からの出品編で、後の2冊が列国による陳列品を観察した列品編となっていて、「ストリート・カア」は後者第5冊の「第十八類 鉄道汽車」に出てきます。
この漢文読下調を一部、現代語に翻訳してみました。なお、近代デジタルライブラリーの文面は、一旦ダウンロードしてpdfファイルで読むのが便利です。
米国博覧会報告書 巻14 事務官 大森惟中
列品部 第十八類 鉄道汽車
本類中最も人に便利にしてよろしくわが国に興すべきものをストリートカーStreet Carとする。即ち、市街車の意味である。フィラデルフィアの街車会社が、これを博覧会に出展した。米国の大都市として街車の設けないところは無い。今、フィラデルフィアの市街に走行する所のものを挙げて以下に略説する。
街車は鉄路によって通行する。大きな街は往復2道を設け、小さな街は往路は甲の街よりし、復路に乙の街よりす。車の制式は各様にして一つでは無いけれど、その最も美しいものはやや蒸気の客車に同じく屋形左右に開いて波勢をした状態は屋形船のごとくである。
両側に8窓もしくは10窓がある。窓に2重の戸を設け、ガラスを内にして、木を外とする。そして引き上げ、引き下げして開閉する。上方にまたガラスの小窓若干を連ねて光明を採る。
車の前後に鉄の手すりを付けて、その両側より登る。上り階段は2、3段である。車室の前後に一様の引戸があって、御者は前の戸の外にいる。管事(コンダクトル)は後ろの戸の外にいる。(田舎の街車は御者一人で管事を兼ねる)
窓に沿って横床を向かい合わせにして客座席にしている。一辺に10客、もしくは12客を列ねる。
座席の下に車輪蔽いがある。その下に4輪があって回る。輪の径は2尺(600mm)ほどである。 前後の戸の外にそれぞれ鳴鈴があって革の紐で繋いであって、互いに合図をする。客が来る毎に管事は鈴を引いて車を止め、客が乗ればまた鈴を鳴らして進む。
大抵両馬を並べて車を牽かせる。上り坂に来たら、さらに1馬をその前に加える。
手すりの上に一つの鉄輪を水平に置き、それに軸棒を立て鉄鎖をもって車輪制動に連繋する。御者が車を止めようと考え、鉄の輪を回せば鎖が車輪制動を牽いて輪の歯を妨げ、右に回せば車輪制動は車輪を離れて車輪は回りだす。もって進行停止の程度を調整する。
車輪制動は半月形の鉄で車輪の外縁に当てている。
鉄路が行き止まりに至れば、馬を解いて車の後ろに繋いで再び来た路に向かいて逆に行く。
サンフランシスコのある街の街車は、形は円堂のごとく下に捩じりカンヌキありて旋回して向きを転する。ただし車内僅かに七八人を収容するに過ぎない。思うに市外乗客少なきの地に用いるに適するも、都会の大きな街には便利ではない。
また左右客座席の上の天井にそれぞれ鉄の竿を横たえ、革の遊環八九個を横竿に掛け握って持つ用に供する。客が座席に一杯となれば遊環を握りとめて車内に立つ客が衆ければ往々戸外に満ち溢れるに至る。
およそ乗客一人毎に7銭を収める。もし回数車券(キッテ)を買えば4枚をもって1連が25銭で、4回の用に充足する。即ち1枚6銭25とする。
また1日の内に再び乗る者のために交換(二度乗り、エキスチェンヂ)の車券を設け、その価格は9銭である。即ち常券2枚の価格より安きこと3銭5である。甲街の車を降りて乙街の車に乗るとき、あるいは復路再び甲街の車に乗る者はこの券を用いる。
ただし、同じ車の線路で途中で乗り換える場合は、……【翻訳不能にして中略】……
線区の途中に大きな厩(うまや)を設け、常に数十百の馬を飼い養い市街と会場の間、約3里(マイル?)を1往復すれば必ず馬を解いて代わる代わる休息させる。3里で概ね1時間である。その馬は皆良く肥えていてツヤツヤしている。御者の使い方も酷使せずに、暑さには日除けを、寒さには掛け物をする。
時代が下って1908年のニューヨークという説明がある写真
黄昏になれば各車は灯を点す。灯りは前後の戸の右にある外、ガラスの色板を填め込んだランプの色彩で行き先の目印とする。甲街は緑色の灯、乙街は紅色、丙街は黄色の灯を用いるといった様に
もし昼間の街頭においてたまたまその馬車の線路に障害物があれば、御者は呼子を吹いてこれを避けさせる。これは会社が設置した線路に係るのだから、他の馬車は道を譲らなければならない。
また車には形や乗り方が異なるもの、殊に簡便なものがある。【オープンカーのこと】鉄または木の柱をたてて障子戸を設けず、客席を横方向にして、柱毎に2列の座席を向かい合わせに設ける。1両にその客席数は約10で、席毎に6人が座れる。車の左右両側に板の道を付けて、上り上がるための段としている。管事は常に車の後ろにいて、客があるとこの板道を伝って銭券を売りに来る。
軒には布を張って幕としている。夏の炎天下では殊にこの車は清爽で、乗るのも混雑しない。ただし、寒風霜雪の頃にはその寒さを防げないけれど、車の製造費が安いから、我が東京などで街車を開業しようとすれば、この方式がよかろうと思う。他の街車は皆戸外に禁煙の文字が書いてあるけれど、この車だけは婦人が乗っていなければ喫煙が禁止されない。
街車の構造と用法は以上で、その便利なることは通常の乗合馬車に勝るところが多い。鉄道線路に沿って走るから複線の両車は衝突しない。通行人を傷つける恐れが無いことが一つ目。車輪が極めて低いから転覆の恐れがないことが二つ目。ヌカルミに速度を落とす必要がないから遅れないことが三つ目。乗客の乗降が楽で運行中に揺れないことが四つ目。大きな馬力を費やさなくても多数の乗客を乗せられることが五つ目。乗車賃が低廉なことが6つ目で、この6点の利便がある。
汽車の駅が都市の中心でないところにある場合は、交通の便を大いに改善させる。今回の博覧会開催にあっては、多くの物資を四方より運送し、また多数の見物客を会場に集めるために、唯一最善の方法といえる。運賃収入と乗客の便利さの両方を満足させる。線路を敷く費用を一時に要すといえども市民がその便利さを納得して、欧米各国は競って街車を建設しているところである。【後は、乳母車、霊柩車、魯国出品のソリ、馬車の付属品、荷馬車、英国から輸入された米国最初の蒸気列車、線路の構造、寝台車の構造、オマハ以東の食堂車、鉄道用品、蒸気式モノレールのデモ、アメリカの鉄道の発展過程、世界一のボールドウィン社、米英の速度比較、セントラル鉄道での61分81マイル(すなわち128km/h)の体験、英国学士会が示している蒸気機関車の保守修繕限度の話、と続いて、読解に疲れてきて後略】……
■お読みいただいている途中で、「ストリート・カア」が馬車鉄道であることが知れるという趣向でした。
「1876年」という年は、新橋・横浜間に官設鉄道が開通した1872年(明治5年)と、東京馬車鉄道が開業した1882年(明治15年)のちょうど中間という時代ですから、執筆者はその実態を説明するのに四苦八苦の体です。
「事務官 大森惟中」は、kotobankによれば生没年が1844-1908、このとき32歳、後に工芸史家となったとあります。
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