鉄道書籍雑誌の消滅大予言
「鉄道完全解明」という本を買いました。会社四季報を出している東洋経済新報社の週刊東洋経済別冊です。カラー130頁が980円という値段にも釣られ、つい、手が出ました。
中身は、同誌4月3日号に50頁を追加したものとのこと。広告がNTN、JR東日本、それに日立などですから、普通のファン向け本とは一線を画す内容です。こういう出版社が、鉄道の企画、構築、運営担当者に直接取材して、現在進行形の情報が公表されるなどとは時代が変わったものです。
さて、私の目を釘付けにした記事は「"テツ誌"各編集長に直撃取材」です。ここに鉄道雑誌の発行部数が記してあったのです。【画像はクリックで拡大します】
Ⅰ 大盛況という現実
各誌編集長のコメント自体は、今まで目にしてきた内容そのもので斬新さは無くて、また取材側による鋭い突っ込みもありません。雑誌を知らない読者を想定しているようです。
ただ、部数は初めて知りました。鉄道ファン21.5万部、鉄道ジャーナル13万部、鉄道ピクトリアル非公表、鉄道ダイヤ情報6万部、"とれいん"4.5万部、レイル・マガジン4.5万部だそうです。 まあ、公称ですから幾分差し引く必要はあるでしょうけれど、それにしても大きな数字です。2001年の第1回JAMの折に仲間内で勘ぐったことを思い出しますが、その数倍から10倍でしょうか。
さらに驚くのは、最近創刊されたものの数です。一体全体この需要はどこから湧いてきたのでしょう。
専門各誌の編集長は、昨今のブームからは無関係だと述べているそうです。
しかし、そんなことは決してありえなくて、総体的に書籍、雑誌がジリ貧の中、この分野だけに新規参入があって、この数字を叩き出しているわけです。
雑誌のみならず、単行本も盛況です。私が関西に出てきた1975年当時、鉄道書コーナーがあったのは、梅田の旭屋書店本店だけでした。それが今や、天満橋のジュンク堂、西大津のジャスコ、さらには日本橋の模型専門量販店にさえあります。
30数年前にあるモデラーのお宅へお邪魔したら部屋が本で埋まっていて、曰く「鉄道書は全部買う」とのことでした。その方のみならず、過去に遡って収集している人もおられました。1990年代までは、ソコソコの先立つものとスペースさえあれば、それが個人で可能だったのです。
一方、世の中一般は出版不況、雑誌休刊ラッシュだといいます。書店数の激減もニュースで流れました。加えて電子書籍の号砲も既に鳴ってしまっています。
Ⅱ 我彼に対する仮説
アメリカにおいては1月5日にお伝えしたように、世界に冠たるモデル・レールローダー誌MRが、この10年で1/4の部数を失い、しかも厚さが半分となっています。加えて、模型専門のメインライン・モデラー、レールモデル・ジャーナル、モデル・レールローディングの各誌が廃刊してしまいました。
ぬっ、売り上げを考えれば、"とれいん"誌の4.5万部×1,500円=6千750万円は、MR誌の20万部×500円(≒5.95ドル)=1億円に肉薄することになります。
そういえば、各誌の羽振りが良くなっているような気がします。
ところで、こちらの3誌と向うの2誌を比べると、体裁の違いが際立ちます。装丁に加えて厚さ、頁数、紙質、それに写真印刷の精細度など、どれをとっても我が国の3誌のほうが上です。中身はともあれ、これだけはハッキリしています。
この差は昨日今日始まったことではありません。実は、ジョン・アレンが撮影したG&D鉄道の写真で最も美しいものは、1970年代のTMS誌なのです。30年、40年前からこの状態です。
私の乱暴な仮説を申し上げましょう。
(1)我が国ではその定期購読が、趣味における大きな要素である。雑誌は個人にとって外界との絆、価値の尺度そのものだから、立派でなければならない。趣味は個人で完結し、モデルや書籍といったモノのコレクションに向う。
生活不安が蔓延し、かつてのジャパン・アズ・ナンバーワンが語り草となる中で、新幹線をはじめとする鉄道網の興隆を唯一の誇りとする国民感情の発露が昨今の鉄道ブームに転化した。
(2)彼の国では、雑誌は情報の一つと看做されるだけで、そのためニューススタンドで売られる。価値の基準はコミュニティにある。よって、NMRAやヒストリカル・ソサイエティ、クラブなどの活動が盛んで、レイアウトも組織として鉄道システムを動かすという方向性が成立する。
1950年代前後の蒸気からディーゼルへ移り変わるトランジッション・エラが人気の理由は、その多様性の面白さもさることながら、根源はアメリカが世界一だった時代への郷愁だ。
個人と社会の関わりが趣味活動に如何に作用しているのか、という辺りへの興味が、アメリカ社会の特異性を評論したアレクシス・ド・トクヴィルへの関心となっているのですけれど、問題はIT技術の進歩で、今後これらがどう変化するかです。
Ⅲ 而して大予言
紙の書籍、雑誌の命運が、100年後までは持続しないことは明白でしょう。ただ、具体的な時期が50年後なのか20年後なのか、はたまた10年後なのかは難しいところです。一番大きなファクターは、もちろんハードです。白熱電球が蛍光灯やLEDに取って代わられたのも技術の進展度合いに依存しました。
ソフト面では著作権が面倒な問題です。現在でもそれが切れた明治時代のものだけが近代デジタルライブラリーや青空文庫などで自由に閲覧できるという皮肉な状態にあります。
無謀にもこの辺りを、大胆かつ断定的に予言=妄想してみましょう。
2010年:ソニーが「ブックマン」を発売
電子ブックの最初の大きな需要は文庫本ではないでしょうか。電車の中で使える大きさで、目に優しいディスプレーの出現は意外と早いと思います。
音楽がレコードやCDからダウンロードに代わったときと一緒で、日本人の価値観がモノからコンテンツへ移行する大きな転機です。
2011年:講談社が出版連合サイト「ブガジン」を開設
まず鉄道ピクトリアルと機芸出版社が参加するという想定です。コンテンツ蓄積の点で両社は双璧で、それを縦横に参照できるシステムは人気を呼びます。
購読は1誌に付き年間3,000円の会員制で、個人のブログと異なる点は投稿に編集者の手が加えられることです。原稿料は閲覧量によって決まります。
「ブガジンBoogazine」は「ムックMook」の対語ですね。
2012年:アトラス社がベトナム製モデルを発売
中国元の切り上げで、ベトナム、タイ、インドの地位が向上します。
2013年:景気回復と共に鉄道ブームの終焉
日本の鉄道ブームが収束してしまう条件を前述の仮定の下に探れば、国民に別のアイドルが出現したとき、あるいは生活不安が解消するとか、ナショナリズムそのものが弱くなったとき、ということになります。
労働力不足から外国人の門戸解放が行われます。
2014年:MR誌が紙媒体の発行を終了
既に同社サイトは会員制が確立していますから、移行は時間の問題です。この頃には同誌創刊以来のコンテンツを全てネット上で参照できるようになっています。
2015年:サムスンが「ミュージアラ」を発売
A4見開き、すなわちA3の高精細カラーディスプレーで、手で持てる大きさならば、写真主体の雑誌、ムックを完全に凌駕できます。3Dや動画もOKで、インターネットにも繋がるはずです。
2016年:世界大恐慌が現出し、製紙会社が大同合併
産業の大転換によって会社の再編成が相次ぎます。
空気中の二酸化炭素から直接、エタノールを合成する方法が発明され、またエタノール100%で走るハイブリッド車が出現します。純粋電気自動車は結局、普及しません。
2017年:ウォルサーズ社が日本に進出
模型店に望まれるものは種類の豊富さと潤沢な在庫量ですが、現在の日本には満足できる店がありません。それを叶えた大規模な通信販売システムが出現します。日本全体を商圏とした大資本による1社寡占です。
おっと、進出先は中国でしょうか。
2018年:新型の3D造型機が個人レベルで普及
モデリングが自由自在になります。製品では注文を受けてから生産するワンオフ、フルオーダーメードが出現し、品切れがなくなります。ブラス製品は死に絶えます。
2019年:バーチャル・モデルのブーム到来
現在でも存在しますが、さらに3D、否、4D-CADと専用CPUの開発により、構築したモデルが仮想線路でリアルに走行するようになります。バネが撓り車体が揺れます。蒸気機関車はボイラーの煙管まで再現して、ミクロの決死圏よろしく自由に入り込めます。一方線路は、トレイン・シミュレーターを遥かに越えて、アバターが実物と同じ距離を実物の時間感覚で走らせるようになります。これを実現するためには共同作業が必要で、独自のコミュニティが出現します。
一方、モデルを実際に作る、あるいは保有するという価値観から脱却して、データを作る、あるいはアクセスできることに意義を見出す趣味も現れます。
2020年:個人模型店が半減
何でも揃う大型店に対して、小型店はテーマ型だけが生き残ります。
2025年:新聞の宅配システムが終了
2030年:書籍、雑誌の95%がネット化、図書館数が半減
電子ブックでは小説の半数が横書きで読まれます。
2035年:東京圏と関西圏の私鉄がそれぞれ大同合併
2040年:郵便事業が終焉し、葉書や封書は宅配小包に統合
2050年:商業ベースでの紙の書籍、雑誌が絶滅
2100年:人間インターモーダルシステムが完成
ううぅむ、想像力が貧弱ですね。
書物に書き込みをしたり、ページを折るなどは言語道断、本には永遠の価値があると教育された身には、意識改革の試練が続きます。
私の生きている間に、まさか立体物である模型までが、モノではなくてデータに価値を置き換えらてしまう事態には進まないとは思いますがね。
ところで、「鉄道完全解明」で、もう一つ目を見張ったページは、栃木県にあるトミックス工場の紹介です。ある方から聞いた、製品化に当たって鉄道会社へ払われるロイヤリティが百万円とか2百万円との話と併せると、模型業界も産業と呼べるほどの規模に育ってきているのだとつくづく思います。
ということで、今年のJAMが……。
【追記】朝日新聞2010年8月3日朝刊の「ののちゃんの自由研究」は、「電子書籍って何? 『銀河鉄道の夜』を読み比べてみると…」というカラー1頁でした。そこに示されていた端末は、アップルのiPadとiPhone、アマゾンのキンドル、それにソニーのリーダーという4種類です。リーダーは、日本で6年も前に発売された「リブリエ」という端末のアメリカ版とのことです。
現物を確認したいと、電器量販店をハシゴしたのですけれど、どこも扱っていないとのことでした。
店内にゲーム機や電子辞書、それに携帯電話のブースが大きく設けられているのを見て、どれかに合体したらいいと思い付きました。特に携帯はネットに繋がっていて課金システムが出来上がっていますから有望です。それがiPhoneで、ソフトバンクの狙っているものなのでしょうか。私自身は携帯で電話とメールの機能しか使いません。理由は、利用料金が胡散臭い点と、電話会社に全てを握られるという言い知れぬ不安ですね。
掲示板での発言も併せてご覧ください。2010-08-04
【追記2】雑誌の発行部数について、「鉄分多め」というブログで3回にわたって報告されているのを発見しました。ネタはちょっと古くて、月刊メディア・データ誌2007年11月特大号だそうです。読者の年齢構成が判ります。2011-10-05
【追記3】マスコミ各社(例えば毎日新聞)が伝えるところに拠れば、2010年12月10日、ソニーがリーダー、シャープがガラパゴスという電子書籍端末を新発売です。御異論があろうかとも思いますが、まずは大予言の第1段が当たったことになりました(笑)
【追記4】MR誌過去号の全文閲覧は、DVDによってですけれど2011年末(掲示板)で、予言よりも3年も早い実現です。Trains誌は、さらに1年早い2010年末(掲示板)で、これは意外でしたね。2012-09-04
【追記5】久しぶりに読み直して、ちょっとビックリ。「2013年に景気回復」ってしていたんですね。アベノミクスがピッタリぢゃあ~りませんか。ただし、それ以外は……。2014-05-15
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コメント
ご無沙汰しています。
消滅大予言ですか?
元IT産業従事者の私が思うに、紙媒体の書籍が亡くなるとは思えません。
1)通読の必要がなく情報検索の機能があれば良い辞書や辞典、
2)内容が一過性でマスターが発行元に保存されていれば事足りる(?)雑誌、
は確かに電子媒体に移行するでしょう。
しかし、小説や学術書を例えばKindleで読むのは、操作性および可搬性の点から相当に辛い物があります。樹木の伐採が完全に禁止されたら分りませんが、そうでない限り紙の書籍は存続すると思いますが・・・
>>コメント、ありがとうございます。まあ、未来予想は過激な方が面白いものですから……(笑)【ワークスK】
投稿: eltonjohn | 2010/07/24 18:09
100年経っても紙媒体の鉄道雑誌や鉄道模型雑誌は残っていると思いますが、内容・形態はかなり変わっていると思いますよ。
現在でも模型工作中に問題点生じても、模型雑誌引っ張り出すことほとんどありません。というのも最近の模型雑誌に工作の実践的な情報ほとんど載っていませんから・・・ネットで検索するか、その筋の掲示板に質問アップした方がよほど有用で最新の情報が得られます。
昔の「TMSは教科書だから、疑問点が生じたら何回でも読み返す」とか言っていた頃とは時代が変わってしまったと思います。
>>昔は確かに表紙で中身を覚えるほどに穴の開くほど読み返していましたね。TMS誌は今でも作品発表が多くて、微に入り細に入り書いてあるようにも思いますが、読者が求めるものを伝えきっていないということでしょうか。【ワークスK】
投稿: ゆうえん・こうじ | 2010/07/27 21:04
はじめまして。
「2050年:商業ベースでの紙の書籍、雑誌が絶滅」に同意いたします。
個人的にはモニターでの読書に抵抗はまったくありませんし、紙の本(特に雑誌)が部屋に貯まるのには正直ウンザリしています。「絶版」という重い問題からの開放も含め、電子化は大賛成! 鉄道趣味誌・模型誌各誌が有料アーカイブ開いてくれるなら喜んで会員になるでしょう(不当に高くなければですが)。
(もちろん、或る種の装丁の芸術性を要求する性格の書籍のみ紙媒体は残るでしょう。鉄道趣味系でも「黒岩保美画集」「広田尚敬写真集」辺りは紙媒体が残るかも?)
当方、レゴブロックでの内外鉄道車両再現を趣味にしておりますが、この種のマイナー趣味だと媒体=webなので、紙媒体消滅の抵抗は少ないのです。実物趣味も日本国内で欧州・アメリカの情報を入れようとするとweb媒体の便利さを痛感します。現地でも書籍のほぼないアジア圏の鉄道は尚更。日本の情報でも、近年は1950-70年代の貴重な写真を発表してくださる方(こちらのブログもその一つ)が多いので、紙媒体の存在意義が薄れているように思います。最新情報など速報性のあるものはいうまでもなく。
(若造の仮説で恐縮ですが)鉄道趣味界が戦前、また1940年代よりアマチュア主体で推移してきた歴史というのも紙媒体からweb媒体への移行を促す様な気がしてなりません。プロの専業ライターは紙媒体とそれを基準とした出版秩序下で稼がねばなりませんが、アマチュアの写真家・研究者・モデラーは稼ぐためではなく趣味として発表する以上、そんな秩序は無関係に、手軽でかつ閲覧者の稼ぎやすいwebを選択するのに躊躇はないと思われるのです。
さて。
本題では書籍だけではなく「鉄道模型」の電子化も想定されていますが、これはどうでしょうか?
なんらかの模型や玩具を手許においておきたい、ましてや自分の手で作りたいという願望はちょっとやそっとのことで無くならないと思うのです。テレビゲームが如何にリアルになっても本物の代替にはならないように……。
ただ、2100年の人間インターモーダルシステムが実現・普及したらちょっと分かりませんね。サイバーパンク小説のような世界になればリアルとバーチャルの区別の必要もなくなるのでしょうから。この世界なら1/1の鉄道模型も個人で所有可能になるのでしょうし。でも、その日まではリアルは滅びないように思います。
以上、長文失礼いたしました。
>>レゴブロック、拝見しました。ウォーボンネットにガラス電車、DD50(1次型!)とカラーリングが流石ですね。パシナには参りました。バーチャル・モデリング、あるいはシミュレーション・モデリングを危惧される御気持ちが判るような気がします。ところで先日、ベテラン勢による紙ベースの会報をいくつか頂戴したのですが、ネットなど何処吹く風でお元気ですよぉ!【ワークスK】
投稿: 関山 | 2010/07/28 02:55