« EMDロンドン工場雪景色◆高田寛氏のお便り | トップページ | フラットカーは積み荷が命 »

2011/08/22

ボックスカーのルーフウォーク撤去作戦(2)

How to apply stencils to 40 ft. boxcar models for the 1970s

Cbt_shops

 ボックスカーを歩み板が撤去された姿に仕上げようという主旨は、有体に言えば、古いモデルの再生です。

 かつては苦労して入手したというのに、“お蔵入り”では忍びないという思いですね。さらに、ちょっとしたステッカーの追加で見栄えが向上しないか、と考えました。【画像はクリックで拡大します】

00bn_pictorial 例えば、スーツケースにゴテゴテとステッカーを貼り込めば、幾多の海外旅行を経てきたような風格が出てくる‥‥というような感じです。だだし、ヤミクモに貼ったのでは底が割れてしまいます。
 アメリカへ行ったのなら、その辺りの地名や航空会社名を用意しなければならず、フランスなら仏語ですね。

 貨車も、年代や用途に沿って仕立てなければなりません。

 その研究のための資料がカラー写真集で、右が穴のあくほど眺め回した"Burlington Northern Color Guide to Freight and Passenger Equipment"です。

 まあ、こちらの求める通りに解説があるわけではないのですけれど、写真が鮮明ですから、ある程度までは経緯を推察出来ます。

00date 中でも「リペインテッド」、塗り替えた年月がカギの様です。側面に向かって左下辺りにそれが記されています。厳密には、空車重量を直近に計量した場所と年月ですけれど、概ね塗り替えと同時です。
 モデルの真横写真で、黄色のアンダーラインの部分です。これは、全てメーカーのレタリングのまま変更していません。

 以下、今回弄った8両を、この年月の順番に説明してみましょう。単なる思い込みという可能性が無きにしも非ずです。的外れな点がありましたら、またご教示ください。

1969年02月 NP 46141 アキュレールAccurail
6902_accurail

 この69年という年は、合併の1年前ということで、これはその準備塗装pre-merger schemeと呼ばれています。
 で、追加したものは黄丸の印を付けたACIラベルです。これは1968年から78年にかけて運用された、車番を光学的に自動で読み取る識別票です。もちろん、79年以降も剥がされることが求められなかったので、存続しているものがたくさんあります。1970年代の代表的アイテムです。

1969年04月 BN 180404 MDC/Roundhouse
6904_mdc

 こちらも1969年ですけれど、BNになる前ですから、このスキームはフェイクです。ただし、"NORTHERN"の文字列とBNロゴを消すと、全くのCB&Qにおける合併準備塗装となります。車番と諸元をT字形のラインと共に配置したスタイルは結局、BNでは採用されませんでした。
 たぶん、模型メーカーが勝手に推察したのだと思います。車番の数字が5桁というのもBNのボックスカーでは可笑しいので、10万の位に"1"を追加しました。

 また、車体裾に6個並んだ小さな白い長方形は、BN特有の踏切事故対策で、1つが8×5インチと決まっています。妻面にも左右2個あります。これを追加すると俄然、BNらしさが醸し出てきます。

1970年12月 BN 161118 ブランチラインBranchline
7012_branchline

 こちらが正真正銘のBNスキームです。ロゴの大きさも適当だと思います。
 年月表示の左に記された"HV"は、塗り替えた工場名を示していて、これは元CB&QのHavelock工場です。これも80年代にはいると、すべて"BN"の括りとなっていきます。

1973年11月 BN 198762 C&BT Shops
7311_cbt_shops

 まず黒の四角に白の縁取りは、コンソリデーテッド・ステンシルConsolidated Stencil、デカールメーカーがリューブ・プレートLube Plateなどと呼んでいる、貨車の保守情報を記した表記です。これは1972年から73年まで、新造と更新の車のみで実施されたスタイルです。

 黒四角の中に黄丸は、俗称がイエロードット、正しくはWheel Inspection Symbol(車輪検査標識)と呼ばれるものです。
 FRA(連邦鉄道管理局)が1978年3月31日付で出した命令で、33インチ車輪を持つ全貨車を検査し、Southern Wheel Company製だったら黒四角に白丸を、そうでなかったら黄丸を付すこと、そして白丸は同年12月末までに車輪を交換することが求められました。
 その後に剥離を義務付けられなかったため、数年間はこのままでした。

1973年04月 BN 161153 アキュレールAccurail
7304_accurail

 この車だけ、年月が前後します。
 このコンソリデーテッド・ステンシルはファクトリーレタード、モデル製品自体に描かれていたものですが、上述の説明からすれば変です。ただ、事前に貼付された事例が無いことは無いし、後年、貼り換えられた可能性もあるので、これもアナガチ間違いとは言い切れません。

1974年06月 BN 199250 アキュレール
7406_accurail

 こちらの車が、この様式のコンソリデーテッド・ステンシルの正しい使用開始年です。2つの四角は、左右に並べる場合と、上下に積み重ねる場合があります。文字が小さいので貼り付けるときは天地に注意が必要です。
 これが1981年末まで続き、82年以降は小さな1つの四角で、中が逆T字形に仕切られたスタイルとなります。

1976年11月 BN 133642 InterMountain
7611_im

 76年からは、ドアの向かって左に小さく「R」または「L」と表示され出します。Bエンド(手ブレーキ寄)を背にして、必ず、右がRで、左がLとなっています。目的は判りません。
 この製品は正しく、RとLを書き分けていますから、印刷原版を2種類用いたことになります。
 なお、ACIラベルがメーカー貼付で、コンソリデーテッド・ステンシルは当方の手になります。

1980年11月 BN 232177 アキュレールAccurail
8011_accurail

 このモデルは、RとLが、両方共、Rとなっていましたので、こちら側をLに訂正しました。

 ドア面上の大小の長方形は、モデラー向けのテキストでは、タック・ボードtack boardと呼ばれています。妻面にも大きい方があります。
 タック=鋲が打てるように木製ですから、何かを留めるのだとは思うものの、実際に使われている写真は見たことがありません。
 調べていくと、大きい方が"Placard Board"で危険品の警告表示、小さい方が"Route Car Board"あるいは"Routing Cardboard"という名前で、積み荷のリストの様です。
 たぶんAARで決められた装備だと思いますが、不思議なことにボックスカーとリーファーだけです。これらは80年代を通して消えていきます。(下位置となったのは1954年以降のようです。2018-03-08)

 さて、この車で、ACIラベルとイエロードットの無いことに気付かれた方には脱帽です。
 1980年11月に塗り替えたということで、それ以前に不要となった両者の消滅が理に適っています。
 加えてこの車番は、1980年11月21日にBNへ加わったフリスコSLSF鉄道からの引継車‥‥ということは、これが実物どおりなら、合併して最初に塗り替えられた貨車という可能性があります。

 一方、冒頭に掲げたBN写真集の表紙のボックスカーに、前回に説明した屋根上々乗禁止の注意書きが無いのですけれど、これがよく判りません。リペイントが85年だということで、途中で規則が廃止されたのかとも思いますが、他に86年の車に注意書きがあるものを見つけましたので、単なる失念かもしれません。

 まあ、物語の筋書き、ストーリーが完璧に読み切れてしまうと、面白さ半減でしょうか。ソコソコの矛盾というか、摩訶不思議さ、胡散臭さ、いい加減さを含んで、適当に楽しまないと、息が詰まってしまいますね。
 車輪を金属製に取り換えたこともあって、物足らなかったモデルにも愛着が出てきました。

【追記1】タック・ボードに何かが貼ってある例を発見しました。RMJ誌の増刊号、Freight Car Models Vol.2, Box Cars...Book 1です。幾ばくかあるうちの一枚を引用しておきます。

Tack_board

 また、冒頭のC&BT Shopsのモデルでタックボードを忘れていたので、取り付けて撮影し直しました。記事の中程の真横写真は、面倒なのでそのままです。

 ところで、40フィート・ボックスカーのカラー写真集は、Classic Freight Carsのシリーズにあったはず、と、その第1巻をブックファインダーで探してみたら、こんな薄っぺらな本がとんでもない金額になっています。他の巻の十倍以上ですね。2011-08-29

【追記2】サイドドアの横の「R」と「L」は1976年から標記と書きましたけれど、どうも1920年頃からあるもののようです。ただ、目的などの詳細はまだ判りません。当方が把握していることはアメリカ型鉄道模型大辞典の「Lサイド」の項をご覧ください。2013-11-28

【追記3】ガラクタを引き受けた中に次のモデルがありました。未塗装ボディから、多大な手間を掛けているところが見て取れます。ルーフウォーク撤去跡の仕上げは丁寧で、デカールもたくさん貼り込んでいます。特に、妻面下部のカプラーポケット部分を切り欠いて、車体高さを下げているところは涙モノです。

77dsc01629

 四隅のステップを修理して復活させようか、とも思ったものの、如何せん、デカール透明膜切り口の際立ちがリアリティを削いでいます。気泡混入=シルバリングとは違うようで、どうしたことでしょう。
 なお、ハシゴ下左の車輪検査標識は白丸ですから、1978年3月31日より同年12月末までの限定した姿となります。ハシゴ上左の細長い長方形、ルーフウォーク撤去表記は位置が間違っているし、使いものになりませんかね。

 ところでこのシェル。アサーン製のはずなのに、引戸レールが通常のものとは異なっています。オリジナルなのでしょうか。2014-12-28

 このモデル、1957年発売当初のモールドと判明しました。連結器の切欠きは、単に、ウエイト鉄板が無いための苦肉の策です。この記事をご覧ください。2015-02-16

|

« EMDロンドン工場雪景色◆高田寛氏のお便り | トップページ | フラットカーは積み荷が命 »

ボックスカー・アトランダム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« EMDロンドン工場雪景色◆高田寛氏のお便り | トップページ | フラットカーは積み荷が命 »