日本を走ったサーカス・トレイン
How to transport circuses by railroad in Japan. A record of loading German Carl Hagenbeck Circus caravan to freight cars in 1933
我々の趣味で“サーカス”といえば、ウォルサーズのカタログにもカテゴリーがあるとおり、欧米では人気のある分野といえます。
ただし日本ではイマイチで、列車モデルの輸入品が僅かに出回っているのみです。かつては木下サーカスやキグレサーカスが隆盛を極め、また鉄道で移動していたはずなのに、モデル化に役立つ資料は皆無といって過言ではありません。
それが何と、サーカスを運んだ貨車の記録を発見してしまいました。
昭和8年、1933年に来日した、ドイツのカール・ハーゲンベック・サーカスです。【画像はクリックで拡大します】
書物は大久保寅一編著「特種貨物取扱の實際」で、昭和16/1941年9月の発行ですから、先の戦争開始直前です。
元来、この本は、大物車や無蓋車に特大の貨物を積み込む方法を、実務者向けに解説したものということで、我々が知りたい列車運行の全容は窺い知れないものの、これだけでも興味深いことは疑いありません。
この131頁から3頁分を転載します。漢字仮名遣いなどは読み易いように勝手に変えています。著作権は後述の通り消滅しています。
46. カール・ハーゲンベック・サーカスの輸送
世界的なドイツ、カール・ハーゲンベック・サーカス団の輸送は、「チ」53、「チキ」16、「シキ」16、「ト」「トム」「トラ」6、その他貨車37、総計実に128両を要した大輸送で、このうち無蓋車には全部陸上輸送ができるワゴンを積載し、しかもこれらは皆な濶大【かつだい】貨物扱いとして輸送したのである。
したがってこれが貨車の準備、積載方法その他の諸計画に対しては万全の方策が講ぜられ全く空前の大量扱いであった。
今、当時撮影した写真につき説明をなし、その片鱗をうかがい知ることとする。
写真105、106 ワゴンは鉄道の貨車の如く車輪、車軸、担いバネ、制動機などを有しており、これらを取り付けたまま積載すれば簡単であるが、中には積載限界を侵し輸送できざるものも多数あったので、写真に見るが如く車輪を取り外し、車軸を台木にて受けて移動せざる様に押木を施して車体にボルト締めとし、担いバネは作用せざる様にパッキン材を挿入して、貨車の四隅を鉄線にて車体に緊縛している。
写真107 ワゴンの中には重量重く車輪取り外しに甚だ困難なものがあったので、これらはシキ号貨車の低床面に積載し限界内に納めることにした。写真はこれが積載状況で、横積のため著しく困難をしたのである。
写真108 車輪取付のままシキ号車の低床面に積み込んだ場合の車輪固定方法で、写真に見るごとく一対の車輪の前に枕木を置き、車体に取り付け、ワゴンが落ち込まざるよう車軸受を枕木に取り付けている。
写真109 これは車輪取付のままのワゴンの積載完了の状態で、車輪を枠組にて固定し、ワゴンの四隅を鉄線にて緊縛し、さらに2か所、ロープにて車体に緊締している。
写真110 戦車にも紛うこの貨物は牽引車で、陸上運搬、あるいは貨車積込に際しては象と共に最大の能力を発揮したもので、この積載方は戦車と同様、無限軌道【キャタピラー】の前後に止木を固定しロープにて車体に緊縛している。
写真111【冒頭に掲出】 これはワゴンやトラックなどの積載を完了し、臨時列車を編成した状況で、ワゴンの中には本物のトラ、ヒョウ、ライオンなどの猛獣が入れられておるのである。
以上、たったこれだけですから、物足りなさは否めません。この128両が1本の列車に仕立てられたのか、団員が乗車する客車はどうだったのか、写っているいる駅はどこか等々、知りたいことは山ほどあります。
一方、日程などのあらましは、検索したら容易に判明しました。大阪市立中央図書館の報告などによれば次の様です。
昭和8年3月22日、団員150名、動物182頭と共にザールランド号で横浜港に到着。東京(芝浦)、名古屋、甲子園、福岡と巡業し、9月28日に大阪港区寿町広場での興行を打ち揚げ、9月30日に神戸港から上海に向けて出国した。
カール・ハーゲンベック(Carl Hagenbeck 1844-1913)は、動物を自然に近い環境の中で放し飼いにする方式の動物園を開設したことで知られ、サーカス団も結成した。来日時は故人となっていて、率いていたのは次男【弟は誤り】のローレンツ・ハーゲンベック(Lorenz Hagenbeck 1882-1956)だった。
冒頭2枚目のカラー絵葉書は東北芸術大学東北文化研究センターのアーカイブスからの引用で、入り口両側に貨車に載せたというワゴンが見えます。
「STELLINGEN」は、ハンブルク郊外のサーカスの本拠地であり動物園の所在地です。
右は、公益法人吉田秀雄記念事業財団が公開しているAD STUDIESという雑誌の第13号、2005年刊に掲載された「萬国婦人子供博覧會」のポスター(pdfファイル)で、この催しの目玉としてのサーカスだった様です。「5月31日迄延期」は、「(3月17日-5月10日の予定が好評につき)延長」の意ですね。サーカスの開催期間は不明です。
この下辺に、「交通館、東京鉄道局」とあるところを見ても、鉄道輸送に力が入っていたはずです。万国婦人子供博覧会
そして、この公演のインパクトは大変に大きく、それまでは「曲馬団」と呼ばれていたものが「サーカス」に変わり、木下サーカスが「東洋のハーゲンベック」と名乗ったほどです。
また、大流行した西条八十作詞、古賀政男作曲の「サーカスの唄(音付き)」はこの時のコマーシャル・ソングとのことです。
出回った絵葉書は数知れず、文芸作品や絵画にもたくさん登場している様です。
時代が少し下って、1967年公開の北島三郎、村田英雄、鶴田浩二出演の「兄弟仁義 続関東三兄弟」という映画は、このサーカス団の荷役の利権を巡る抗争がテーマだそうです。
さらに、同じ名前のサーカスが、52年後の1985年に来日し、後楽園ほか全国11か所を巡業したという記録もありました。ということは、読者の皆さんの中にも見物した方がおられることでしょう。
ただし、世界一を謳っているならと、Wikipedia英語版に当たったのですけれど、"Hagenbeck- Wallace Circus"はあるものの、そのものの項目はありません。
そんな中で、モデルを発見しました。ドイツ語の"Carl Hagenbecks Zoologischen Zirkus"という綴りで検索した結果です。
それも、「1933-34年の極東ツアーに向けハンブルク港で船積みしているところ」というのですから驚愕でした。
トラックやワゴンがソックリです。2010年11月に展示されたもので、作者はNiß Matthiesenという方です。是非このページにコメントを付けたいのですが、ドイツ語が‥‥(笑) 次の引用写真はレタッチしています。
なお「特種貨物取扱の實際」という本は、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで著作権消滅として公開されていたものです。これを見付けて、鮮明な写真が見たいと古書を探したら、ラッキーにも入手できてしまいました。
編著者である大久保寅一氏は、よく知られている「最新客貨車名称図解」あるいは「図解客貨車名称事典」の編集者と同じです。特殊貨物取扱の実際
【追記】本書が奥井淳司さんの鉄道CAD製作所20100文庫で公開されました。近代デジタルライブラリーよりもはるかに鮮明で、ハンドリングが軽快です。
ハーゲンベック・サーカスの経緯については、Marco氏のコメントで紹介された3番目、1/24モデルに添えられた文に説明があって、カール・ハーゲンベックのサーカス会社創業が1887年で、それは American Barnum & Bailey Circusに売却された。その後、1916年にロレンツ・ハーゲンベックが"Carl Hagenbek"の名前で再度、サーカス団を起こし1953年まで巡業を続けた‥‥ということの様です。2011-10-03
【追記2】当時の入場券がネットに出ていました。aucfanというサイトです。7月23日(日)と7月19日(水)の2枚は、曜日で値段が変わらず同じ二等席金2円です。開催地は日程的に考えて、名古屋か甲子園でしょうか。2025-01-02
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コメント
ワークスK様
高橋です。昨日今日とお世話になりました。
さてメールをお送りしようと思いましたが、メールサーバーが飽きませんでした。
申し訳ございませんが、高橋までメールを送信して頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。
>>こちらこそ、懐かしいお顔に会えて、楽しい時を過ごさせていただきありがとうございました。メールの件、了解しました【ワークスK】
投稿: たかはし おさむ | 2011/09/24 22:24
Great pictures. More pictures of models of this circus can be found here:
1/87 HO scale, Shipping from the port of Humburg
1/87 HO scale, Before the show starts
and
1/24 G scale, Moving by an elephant
投稿: Marco | 2011/09/30 01:29
Hi Marco, thank you to information from you.
I have already told them about this article.
投稿: Works K | 2011/09/30 05:22
95歳の母が家族史を書いていて、1933年の春にハーゲンベックサーカスを見に行ったというので資料を探していてこちらの記事を拝見しました。母が写真を拝見して感激しております。母は家族といっしょに芝浦で行われた興行を見物し、祖母が英語ができたので、団員の方たちといろいろおしゃべりまでしたそうで、全員が貨車で寝泊まりしていてサーカスは本当にすごかったのだそうです。こちらの記事に書かれていることを引用させていただきたいと思っております。楽しく読ませて頂きました。
>>そりゃあ凄いですね。良い御本ができることを祈っております。【ワークスK】
投稿: 八木宏美 | 2015/07/21 12:07