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2012/02/14

台車探求:アライド・フル・クッション台車

A pursuit of truck construction, Allied Full Cushion Trucks manufactured by Allied Railway Equipment Company

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 アメリカ型の台車の中で、何と言っても不思議な形はこれ、Allied Full Cushion Truck。第2次世界大戦中に登場の兵員輸送車Troop Sleeperが履いていたそれです。

 私の予想は、枕梁に僅かに横動を与えるバーバー式のラテラル・モーション機構があって、軸箱はウィング式のコイルバネに天秤式の板バネを備えた、所謂ゲルリッツ式ではないか、というものです。
 しかし実態は、まさに想像を絶していました。【画像はクリックで拡大します】

 構造図を掲載していそうな文献はカー・サイクロCar Builders' Cyclopediaですけれど、私の手持ちは1940年版と1953年版で、ちょうどこの台車の時代が抜けていたのです。この間に43年版と46年版が出ていて、古本価格を調べると、前者の約200ドルは手が出難い金額ですが、後者はその半分と、プラスチック製機関車1台よりも安い!ということで、注文してしまいました。

 2週間後に届いた包みの封を切るのもモドカシく1444の頁を繰った中の、まるまる2頁に掲載されていて安堵です。
 そのうちの1頁が2枚の図面で、貨車用と客車用ですが、ブレーキがシングルかクラスプかの違いだけですから、前者の貨車用をお見せします。

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 ジックリ睨むと、軸箱に吊リンクが装備されていることが判って、吃驚です。

 側枠②に仕込まれたコイルバネが、バネ受棒spring-supporting bar⑥に乗り、このバネ受棒を吊リンクswing hanger⑤で吊っています。また吊リンクは逆U字形をしていて、1つの軸箱の両サイドで一体となっています。

 さらに、枕梁①は側枠②に乗っているだけで、両者の関係は完全にリジッドです。

 四角に組まれた架台Cradle⑧によって、1軸2個の軸箱が連結され、かつ、これにブレーキがぶら下がっています。メーカーの説明では、軸バネが撓んでも、ブレーキシューと車輪の位置関係が変化しない効能があるとしています。

Cbc1946_allied1

 製造メーカー名は、イリノイ州シカゴのAllied Railway Equipment Companyです。

‥‥16の鉄道がこのアライド・フル・クッション台車を採用し、旅客列車や急送貨物列車で活躍している。‥‥また、この台車が、1200両のトループ・スリーパーと400両のトループ・キッチンカーに選定された。

 この1946年版内を探すと、ボックスカーのページにこの台車を付けた写真を2枚、発見しました。CB&QとRIです。

Img495b

Img495a

 メーカー名をネットで検索したら、USパテントをヒットしました。
 こちらの図の方が判り易いですね。

Allied1

Allied6

 驚くのは、軸バネに振動減衰機構が組み込まれていないことです。
 いくら寝台設備があったといっても、酷い乗り心地だったはずです。将校は本来のプルマン車で移動したのでしょうが‥‥。

 吊リンク(照号24)の動く隙間が、照号33とか34という僅かな“出っ張り”で支えられたスリ板(照号19)によって確保されている点も、異様です。
 新造当初は快調でも、スリ板には牽引力や制動力が加わりますから、イビツな摩耗や変形が起こりそうです。【後述のdda40x氏の写真によれば、スリ板は軸箱体と一体の鋳物となっています。ただ、薄いことに変わりが無く、摩耗の修繕はさらに難しいことになります。ところで、客車に多用されたドロップ・イコライザー式は2軸の動きを規制して蛇行動を抑制する原理です。また、貨車用3ピース台車も2軸の平行をガッチリと維持できて、蛇行動は起こりにくいと考えられます。それらに対してペデスタル式は不利です。ブレーキ・シューが片押し式の場合はなおさらで、摺板が減ると遊間が増えて蛇行動を誘発します。後年は、摺板の材質が改善されて克服されました】
 この辺りが脱線を頻発させ、1955年の直通運用禁止に繋がったという妄想はどうでしょうか。

 Railway Preservation Newsというサイトに、実際の乗り心地と1955年の処置についての記述があります。私には何が書いてあるのか理解不可能ですが‥‥。

 なお、特許の出願日は1940年5月11日です。CB&Q車の新造が同年12月である点と、カー・サイクロ1940年版には全く掲載されていない点を併せると、この台車の製造開始が1940年であることは間違いないところです。

 このメーカーの名は、前後のカーサイクロ、1940年版と53年版には全く出てきません。ネット上では"American Allied Railway Equipment Company(official site)"という会社があって、車輪を製造している(していた?)様なので、ひょっとすると関係がありそうです。

【追記】dda40x氏に、イリノイ鉄道博物館で3月16日撮影という写真を送っていただきました。“天秤棒”が、ものの見事に判ります。同氏の"Giants of the West"では、他のアングルも披露されています。2012-05-31

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【追記2】脱線現場の写真を発見しました。切っ掛けだったかどうかは判りませんが、映っているのは明らかにアライド・フルクッション台車です。アラスカ鉄道だというこのページの52番の写真です。2012-10-22

【追記3】図面をグッと睨むと、枕梁と側梁の結合がルーズに見えてきました。単に乗っているだけで、コッターの抜け止めがあります。左右方向に過大な力が加わったときに、側梁が傾くとか、両側の側梁が互いに捻じれたときに、この結合部分が踊るとか、変な動きをする可能性が考えられます。2014-05-31

【追記4】アサーン製のエキスプレス・ボックスカーを入手しました。なんとこの台車を履いています。造形がなかなか見事です(別記事)。2015-11-25

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