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2012/04/14

国鉄技師訪米記29:鉄道における水処理(下)

The book of a JNR engineer's travels around the USA in 1950, part 29

このテキストの経緯と詳細は、第1回をご覧ください。

24 報告 米国鉄道における水処理

[7] 水質試験

 国鉄における水質分析はだいたい1年に1回行い、外状、反応、固形分、CaO、MgO、CO2、SO3、N2O5、N2O3、ClNH3、SiO2、Fe2O3、Al2O3、有機物、総硬度、一時硬度、永久硬度、缶石生成分、缶石不生成分 を出すことになっている。
 しかし米国では固形分と、PとMのアルカリ度、カルシウムとマグネシウムの硬度を測るだけで、稀にpHを測定している。
 その他の詳細な分析は例外中の例外に過ぎない。

 人力は重点的な使用に限ることを、寝ても覚めても考えている米国人にとっては、当然なことかもしれない。国鉄もこの線に沿っていくならば、もっと回数を多くして試験できるのではあるまいか。
 一年前や、半年前の分析表によって清缶剤投入量を定めることが、如何に非常識かは言わずとも判っていることではあるし、この点見方を変えていきたいと思う。

 缶用水分析には各会社別に一定の法則を作り、国鉄でいう「達」に近いものがある。

[その一例]
 「水分析について」(ボルチモア・オハイオ鉄道)
1.原水、水質と水使用量によって水分析の回数は変えるべきである。
 水質の変わり易いところ(例えば河水)では1日に2回分析すること。
 その他の重要な水は1日1回分析すること。
 水道で水質のあまり変化しないと認められるところは1月に1回分析すること。
 以上は硬度とアルカリ度とについて行うものとする。

2.処理水(ゼオライト方式またはウェイサイド方式において)
 原水と同様の回数とするが、経験により適当に変えることが出来る。

3.新しい水源
 新設されてから数年は毎年1回研究所で完全分析を行う。
 完全分析とは硬度(滴定エチレンヂアミン法)、アルカリ度、クロール、硫酸、シリカ、固形分を分析することである。

4.缶水
 毎日、機関庫に到着した機関車の10%は缶水を採り分析せねばならない。
 濃度計(ナルコメーターNalcometerまたはデューボン・コンセントロメーターDearborn Concentro-meterを用いる)による固形分の量とメチルオレンジ指示薬によるアルカリ度とを測定すること。
 固形分は2,500ppm以下、アルカリ度は固形分の25~30%の間に保持すること。

 これに対しニューヨーク・セントラル鉄道のハーモン機関区においては全ての入庫機関車の缶水を分析していた。そして固形分は250グレイン/ガロン(3,500ppm)以下と制限している。

P234img512  同鉄道で使用している分析用水の容器は左図のごとく8オンス入り2個入るような木製のものを使用していた。ビンを入れパッキンを詰めてから、その上に鉄板を当て、ネジで締め付ける。ビンはプラスチック製のものを利用していたが、水質が変化しないならば、破損のおそれがないだけガラス箱よりも非常に有利であろう。

 硬度測定には石鹸硬度測定法とエチレンヂアミン法とが共に使用せられ、前者は一般に区関係、後者は研究室によく利用されている。
 石鹸硬度測定は8オンス入りの丸いビンに58.3ccの試験水を入れpHを10にしてから、適度の石鹸水を0.5ccずつ入れその都度14~20秒間に25回肩の高さから下まで振る。石鹸の「あわ」は次第に赤みを帯びて大きくなると共に音が次第に消えてゆく。そして「ゴースト点Ghost point」において急に「あわ」は消えて無くなり、さらに石鹸を加えてゆくと再び泡立つ。
 これを図で示すと、下図のようになるが、「ゴースト点」が分かりさえすればカルシウム分とマグネシウム分とがはっきり区別することが出来る。

P235img512

 しかしマグネシウム分の少ないもの、硬度の低いもの(1以下)、およびマグネシウム分とカルシウム分との比が大であるものは「ゴースト点」を表わさない。
 石鹸水の消費量をccで読み0.5を減じたものが硬度となる。

 「エチレンヂアミン法」は最近米国において広く利用されている方法でDisodium Dihydrogen Ethylen Diamin Tetraacetic Acidの水溶液を作れば水の中にはエチレンヂアミンテトラアセチック酸Ethylen Diamin Tetraacetic Acidができる。

P235img512b

 この酸はカルシウムまたはマグネシウムによってリングChelate Ringを作ってカルシウムの作用を止める。

P236img513

 指示薬として「ブラック・ティーEvichrome 【Eriochrome?】 Black T」を入れておけば、この指示薬はカルシウムがあれば赤色で、カルシウムが無くなると青色を示す。その順序は、

1.試験液を58.3cc採り、pHを約10とする。
2.バッファー液Buffer Solution(NH4OH-NH4Cl)を加え
3.指示薬(Black T)を数滴落とし、エチレンヂアミンテトラアセチックアシドを滴定して液が赤色より青色になる点を読めば、その液の消費量が硬度を示す。

 指示が非常に明瞭に出るし、時間も極めて短くて済むのが特徴で、将来、日本でも十分利用できるものと思う。

 アルカリ度の測定は日本のそれと同様に、メチルオレンジとフェノールフタレン指示薬を利用し、測定すべき水量は58.3ccを採り、滴定液としては1/50の規定硫酸を用いる。

 以上、石鹸硬度測定法とアルカリ度測定法を日米比較してみると次の表のようになる。

P237img513

[8] 米国の単位

 日本ではメトリック・システムMetric Systemを使用しているが、米国では特殊の場合以外これを使わず、重さはポンドPoundとグレインGrain、容量はガロンを用いるので、米国の数字を使用するには余ほど注意しないと間違いを生ずる。

 1ポンドlbs=0.456キログラム
 1グレインgrain=0.0648グラム
 1ガロンgallon=3.785リットル
         =0.8327英ガロン
 1トンton=2000ポンド
      =0.907トン(日本式)
      =0.8929英トン

 ガロンには米ガロンと英ガロンの2種があるし、トンにも米トンshorttonと英トンlongtonがある。米国では普通前者を用いている。

 硬度の単位は日本ではドイツ硬度を用いて100リットル中に含まれるCaO(分子量56.07)のグラム数を持って表示するが、米国では1ガロン中に含まれるCaCO3(分子量100)のグレイン数をもって表わしている。

 HJ=日本硬度(ドイツ硬度) HA=米国硬度 とすると、

P239img514a

 固形分の量は日本ではppm(1トン中のグラム数)で表わし、米国では1ガロン中のグレイン数で示すので、

 DJ=日本の固形分の量 DA=米国の固形分の量 とすると

P239img514b

 アルカリ度は日本ではNaOH(分子量40)に換算したものをppm(1トン当たりのグラム数)で表わし、米国では硬度と同様にCaCO3(分子量の当量50)に換算し1ガロン中のグレイン数で示している。

P240img515a

 Pも同様で、

 PJ=フェノールフタレンアルカリ度(日本)
 PA=フェノールフタレンアルカリ度(米国)
 PA=PJ×0.0730

 以上で分かるように、米国においては硬度もアルカリ度もすべてCaCO3に換算して、しかもそれらを一定の単位(ガロン中のグレイン数)で示しているのに対し、日本では硬度は100リットル中のCaOのグラム数、アルカリ度はNaOHのppmで、全く関連性の無いバラバラの単位を使用している。
 このため缶水処理の計算式をいたずらに面倒にしているのは統一的にものを考えなかった一つの誤りではなかろうか。この点、一日も早く米国の長所を採るべきだと思う。

[9] 缶の中

 訪米前の25年2月のこと、米国から缶水処理についてF技師が来たので、私は彼を案内して求められるままに、茅ケ崎、梅小路、奈良の3機関区の洗缶状況を見せた。洗缶のときにスケール落としに使う先の曲がった長い棒を見て、

「あれは何か?」
「あれはスケール落としDescaling Apparatusです」
「あんなものでスケールは落ちますか?」
「洗栓から突けるところは落ちます」
「その他の部分は?」
「不可能です」
「不十分でしょうね」
「米国ではどんな装置でスケールを落とすのですか?」
「米国ではスケールが着かないから装置は不要です」
「‥‥‥‥」

 米国の実情を見ていないので何と言われても別に反発できずに仕方なく引き下がっておいたが、今度の米国出張に際して缶内を十分見ることができた。
 30両の機関車で検討してきたのであるが、2両の例外を除いて他は真にF氏の言う通りであった。相当長い期間使用した缶の中が、スラッジとマッドを除くと、タンニンで処理されたような特異な茶色の表面を見せて、スケールの全く無い缶が見える。実に見事な缶水処理である。

 2両の例外というのは、一つはハリスバーグ機関区、他はサンフランシスコ付近のルーズビル機関区で共に「清缶剤を使いたいのだが、マスターメカクックが許してくれない」とボヤいていた。マスターメカニックとしては直ぐに廃車する機関車の処理は、例外としているのかもしれない。

[10] 洗缶

 洗缶前に、写真にあるような配管線に機関車を入れ、機関車に残っている蒸気を別の建物中のタンクに導き入れて、蒸気の圧力を2~3気圧まで20分で落とす。そしてまだ高温の状態の缶を約1時間放置し、冷やしてから洗缶線に入れ、2~3気圧の温水で、マッドmudとスラッジsludge(缶泥)を洗い流している。

P242img516

 洗口および洗う順序は、サザン・パシフィック鉄道の例を図に示す。まず缶胴の前から後ろへ左右の順、次は缶胴の下側、そしてキャブ内のプラグから火室、最後は火室、側板の下側を洗う。

P243img517

 洗缶用ホースの先には、1/2インチで長さ0.5mの鉄の筒があり、筒の先には真っ直ぐ一直線のものと、直角の方向に自由に回る先の曲がったものとの2種類を使い分けて、3人で40分で仕上げている。
 D52の2倍くらいの大きさの缶であった。

[11] ブロー

 清缶剤を入れる量は、AZZ-T Ballの場合は、次式で示される。

P243img517b

 DAは全固形分grain/gallon
 MAはメチルオレンジアルカリ度grain/gallon
 HAは硬度(米/硬度)

 この量は国鉄で現在使用されている量よりかなり多いものになり、清缶効果は期待できるが当然の結果として、プライミングとフォーミングを起こしやすくなる。この式で示されるようにDA、MA、HAの前には何の係数も付いていないのは前述の米単位の長所を示すもので、非常に判り易い。

P244img518 プライミングとフォーミングを防止するには、アンチ・フォーミング剤を使用してはいるが、それと同時にブローオフを強引に行っている。

 国鉄においてはブローオフすることは、天地を揺るがすような音を出すし、またブローコックがスケールその他の雑物のため、閉まらなくなるのを恐れて難事中の難事とされている。

 これに対してサザン・パシフィック鉄道では写真のごとくマフラーをブローコックの先端に着けることにより、いと簡単に問題を解消している。管の先端に先が広がる消音器をつけ面積が増大することにより圧力を低下せしめるわけである。

 要するに、米国鉄道においては清缶剤を必要量入れ、スケールになるものを全部缶泥として落とし、プライミングとフォーミングを避けるためには、途中線路であろうと、機関区構内であろうと構わずにブローオフを数多くやっている。そのブローオフの時期は濃度計で固形分の量を測定してから決定する。

 説明は簡単だが、これを完全に実行せしめている当事者の努力には、敬意を表しても良いであろう。

[12] 結び

 缶水処理に対し米国鉄道においては相当多額の費用を掛けていることは前述したとおりであるが、これはもちろん缶水処理による利点を考慮し運営費の節約が期待できるからに他ならない。その一例をボルチモア・オハイオ鉄道の報告にとってみると、

「当社の1949年の実績では缶用水を処理したことにより、火室とステーボルトの取替が減少し石炭の節約と合わせて1,883,222ドルの経費節減となった‥‥」

 この鉄道が消費する水の量は130億ガロンというから我が国鉄の量にほぼ等しい。すなわち日本の単位に換算すると7億円の経費節減となったわけである。

 国鉄でも米国の長所を採り缶用水処理の改善を期するために次の方針を決定し、既に実施に移しつつある。

1.硬度の高い水には缶外処理を適応する。
2.硬度のあまり高くない水は清缶剤投入方式による。
3.缶用水と缶水を分析するため計器を現場に配布し理想的処理を施行する。
4.分析方式を簡易化し分析回数を増加する。
5.ブローオフを容易に行わしむるために、ブローオフ・マフラーを機関車に着ける。

この他に懸案事項として、「硬度およびアルカリ度に対する単位の改正」、「清缶剤会社の技術的向上」、「清缶剤をボール状とする点」、「ウェイサイド式応用」、「硬度測定に対しエチレンヂアミン法の利用」等々数多くが挙げられるし、水処理技術陣容の強化を痛感する。

 米国の長所を取り上げ、日本的な缶用水処理の改善を図ることは鉄道の経営合理化に益するだけでなく、資材不足の日本においては産業復興への力強い手引きになると信ずる。

フォーミングfoamingとプライミングprimingについて、機関車工学会著「新訂増補 機関車の構造及理論 下巻」第19版1941年刊p62に次の記述がありました。

「気水共発とは、蒸気と共に缶水の一部がシリンダ内へ進入することで、気水共発を起こすときは缶水の減少が著しく、これを補うために盛んに注水するから所定缶圧を保つことは不可能となり、缶圧の低下が余儀なくされる。また気水がシリンダ内で作用する結果、蒸気の膨張性は失われるので牽引力が低下し、ついには遅運転または運転不能に陥る。
 缶水中に硫酸ソーダ、塩化石灰または塩化ソーダなどを溶解しているもの、または苛性ソーダなどのごときアルカリ物を含んでいる場合は、泡立ちて沸騰し、また泥、砂、塵埃等のごとき浮遊物、油類などを含んでいる場合にもまた泡立ち、沸騰をなしその結果、気水共発を起こす。気水共発は沸騰の盛んなるとき、即ち燃焼率の高く、強い牽引馬力を発生するとき特に起り易いものである。
 気水共発はこれをプライミングとフォーミングの2種に区別し、缶水過多に起因するものをプライミングと称し、前述のごとく泡立ち沸騰をなし缶水の濃度過多によるものをフォーミングと称し区別することもあるが、近頃は両者を一様に気水共発またはプライミングと称し、フォーミングと称することは少ない」

 なお、この書は「缶の用水」に21頁を割いて詳細に解説しています。満鉄が昭和3年(1928年)には缶外処理を開始などと、化学的な知見や対策は十分に認識されていた様です。ただし、「水質不良に対する関心は諦めの観念に支配され、缶用水の研究がやや等閑視されていることは遺憾なことである」と述べていますから、時局的、経営的には注目されていなかったのだと思います。

>>【[報告]米国鉄道の機関車

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