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2014/07/08

原信太郎氏のシャングリ・ラ鉄道2006年

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 横浜に開設されている原鉄道模型博物館の主、原信太郎(はら・のぶたろう)氏が亡くなられた。享年95歳という。

 探したら、2006年に大阪で開催されたJAM、国際鉄道模型コンベンションに出展されたときの写真が残っていた。Shangri-La Train Museumを名乗って、大スペースに45mm軌間の1番ゲージが豪快に走る様が印象に残っている。
 8年前なので、氏は未だ87歳。珍しく和服を召されていない姿はカクシャクとされている。【画像はクリックで拡大】

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 写真の枚数が少ないけれど、床下を見せている展示の様子からは、機構や性能に拘られた氏の性向の一端が覗えるだろう。ここに示したモデルは全て1番ゲージ、45mm軌間。
 コンパクト・カメラの手持ちという劣悪条件ではあるものの、いつもより大きめのファイルでアップしておくので、拡大写真をスクロールしてご堪能いただきたい。

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 まず、よく知られているイタリア国鉄FS E626。同国のアットリオ・マリ氏の手になり、9,000点に及ぶ部品のほとんどが洋銀製で、ハンダ付では無くリベットで組み立てられているとのこと。氏の写真集で、最初の6頁を占めているのもムベナルカナである(2000年制作)。貫名英一氏のサイト  なお"Attilio Mari"で検索すると、おびただしいサイト、動画、画像をヒットする。

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 このモデルは、雰囲気的にアルコ/GEで、ミルウォーキーかバージニアあたりの臭いがする。床下を見せているので、コアレスモーターの吊掛式を示しているのだろう。

 ヤミクモに検索して、実車は、"F. C. Maxcano"とか、"Ferrocarril Mexcano"の1001、1002、1003……1012で、1923年のGE製と判った(Shore Line Trolley Museum)。
 次は、Locomotive Cyclopedia 1930年版のp1047-1048。

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Fc_mexcano_1002

Mexcan_el3

 注目していただきたいところは、イコライザー。モデルの構造では、台車枠が傾いてしまう。イタリアのE626は大丈夫。それと、吊掛式のギアの位置がたぶん間違っている。

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 車内を見せている客車は、オリエント急行のワゴンリーWagons-Lits。写真集によれば、メーカーはイタリア、レンツォ・ドットーリ(Renzo Dottori)。もちろん、当方は知らない。 拡大して見ると、人形や調度など、とんでもないレベル。朝日新聞デジタルその1その2その3

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 ブルーの美しい木造車は、阪神311型(1987年制作)。これら1番ゲージ電車の製作はナローモデルの松本一(はじめ)氏と伺っている。朝日新聞デジタルその1その2

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 スカ色の電車は、言わずと知れた上田丸子電鉄別所線。腰部ダークブルーのツヤが印象的だった(1980年頃制作)。ただし、窓枠を塗り分けているので、実車に馴染んでいる身には残念ながらイメージが合わない。

 これ以外に、床下に実物と同じ電動カム軸式の制御装置を仕込んで、自動進段させるという驚くべきモデルがあった。要は、模型のレオスタット式と同じで、主電動機と直列に可変抵抗器を仕込み、それを小型モーターで動かすというもの。氏から説明を伺って唖然としてしまい、写真を撮り忘れたのが返す返すも残念。

 当日の当方は、もちろん、自分自身の展示でたいへんだったので、駆け足での撮影が今となっては悔やまれる。

 朝日新聞本日付朝刊に訃報が掲載された(一部改変 朝日新聞デジタル)。謹んでご冥福をお祈りする。

 氏の出版物での活動を網羅しようとした過去記事は「原信太郎 鉄道模型のすべて」、また当方のJAM展示もご覧ください。

【追記1】みなさん、電気機関車にご興味がおありのようなので、メキシコ機の平面機器配置図を追加しておく。ちょっと文字が小さいのはご勘弁。2014-07-18

【追記2】貫名英一氏が、原氏の多用したカスタムビルドについて解説されていた。とれいん誌2014年9月号p116。自作や完成品購入とかとは異なるモデリングの世界が理解できる。この記事に出て来るマジョルカ島の電車を話題としたことがあった(アンケート:行ってみたいヨーロッパの国は?)。2014-08-24

【追記3】RMMスタッフ徒然ブログの2014年9月24日号が「さようなら、原信太郎さん」と題して、博物館で開催されたお別れの会の様子を伝えていた。2014-09-25

【追記4】朝日新聞夕刊2014年10月25日付に追悼文(署名織井優佳 朝日新聞デジタル)。ご家族を丹念に取材していて、ビックリ。奥さんに拠れば、口にするのは牛肉とコカコーラ、キャベツだけ。モデルは子供には触らせず、死ぬまで手元に置いて遊びたいと渋るのを、「汽車がかわいそうでしょ」と説得して模型博物館の開館にこぎつけたという。2014-10-25

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コメント

原さん、亡くなられたのですね。
今から10年以上前ですが、神戸で行われていた鉄道イベントがあり、何度かゲスト参加していただきました。
美味しい差入れを愛車に積んで猛スピードで芦屋のお宅から駆けつけて下さいましたね。
謹んでご冥福お祈りいたします。

>>そうでした。氏の行動力には驚異的なものがありました。それと電話魔振りは脅威的?(笑)すべてに情熱的でパワフルで、「一代の傑物」という言葉が当てはまる方でしたね【ワークスK】

投稿: Cedar | 2014/07/11 23:14

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