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2015/04/22

MDCの40フィート・ボックスカー(1)

Coupler-cushionizing projects, part 13: Western Pacific 40-ft. AAR boxcar manufactured by MDC/Roundhouse Products; The prototype was probably equipped with an early unusual non-hydraulic cushion underframe.

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 クッション・アンダーフレームは1927年(昭和2年)に始っているから、40フィート車に装備されていても不思議はないのだけれど、車体側面にそれを謳った車両を目にした記憶が無かった。もちろん、ハイキューブ車は別。

 ガラクタを整理していて、ウエスタン・パシフィック鉄道のこんなモデルが出てきた。"SHOCK PROTECTED SHIPMENT"と共に、"CUSHION UNDERFRAME"の文字があるではないか。【画像はクリックで拡大】

Mdc40ft_instraction たぶん大量に引き受けたゴッタク(某地方の方言)の中の1両。

 MDCラウンドハウスのAARスチール・ボックスカーといえば、アサーン製よりも値段が高いのに床下が貧弱なうえに構造的に弄り難いという印象だった。BNスキームがあったけれど、屋根歩板無しのモダン・タイプ(品番1103)を買って懲りた。
 記念モデルを集めるようになって、幾ばくかを組み立てたものの、その場シノギに終始していた。

 ところがこのモデルは、カプラーを突出させたいので、小手先でごまかすわけにはいかない。

 まず、キットの中身。 手ブレーキ・ハンドルが塗装済を含めて全部で3つも入っている。

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 課題は、床板。このまま組むと、アサーンよりも1mm強、屋根が高くなる。また、側板スソには床板の厚みがのぞく。さらに、ポケットの精度が悪くて、復元が上手く利かない。

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 結論的には、次写真の様に加工。床板2枚のうち、奥がWP車用で、手前が同じ手法を採った別の車。WP車は、引戸を開けたときにウエイトが見えないように配置している。

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 要は、車端部を切り取ってプラ板1.2mm厚に置き換え、カプラー高さをピッタリと出す。鉄板ウエイト部分には代わりにプラ板0.7mm厚を接着して中央部の床上面とツライチにし、両側の縦リブをそれと合わせて平らに削れば、車体が1mm強(約1.2mm)、沈んで、アサーンとほぼ同じとなる。

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 この方法での難点は、妻板下辺のカプラーポケットと干渉する部分を削ること。でも、次の写真で誰も気が付かないいんじゃないかな。

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 あとは、車端部床板の幅が正確に33.1mmになるように小片を接着削正すれば、床板の車体への陥没を防げる。四隅のステップは旧の床板から切り出し、高さを削って床下面に接着するが、少し面倒。
 さらに出入り口部には1.2mm角を貼り付けてアサーンと同じ構造とし、床板が車体から抜け落ちないようにする。これ、副次効果で、フクらみ気味の側板を矯正できる。

 カプラーには、先にE&Cショップス製から外したものの長さを延長して充当。

WP 1953, SPS-Shock Protected Shipment
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 スッキリと決まった! ということで、組立済のモデル2両も改良。
>>Cascade Green Forever !

ところで、信じられないことは、車体標記が"NEW 9-52"や、"BLT 9-52"となっている点。これが正しいならば新造は1952年で、この時には未だ油圧式のクッション・カプラーが開発されていない。スライディング・センター・シル・クッションSliding Center Sill Cushionではあっても、デュリエ・システムDuryea Systemなど、摩擦で減衰を図っていた時代なわけ。

 WPを取り上げたホームページには、確かにクッション・アンダーフレーム付を謳った40フィート車の実車写真がある。鳥の羽根=フェザーを側面一杯に描いたスキームで、文言は"Shock Protected Freight"。
 撮影日が"June 1954"、表記が"NEW 2-54"だから、今回のモデルも間違いはなさそう。
 ただ、こんなカラフルなスキームは、1950年代初頭には早過ぎる気もする。NYCのペース・メーカーが存在したか。

 ひょっとすると、クッション・アンダーフレームと派手な塗装は、先行したのがWPで、これに対抗して1954年、競合するSPがハイドラ・クッションの開発に着手……なんていう図式なのかもしれない。どなたか、WPの解説書をお持ちではないだろうか。

……などと考えながら、あれこれ資料を漁っていたら、Trains誌にWP自身の広告シリーズを見つけた。1952年3月号から、1959年2月号までの合計19回で、うち14回が1頁大の2色刷りという豪華版。
 その中で次は1953年12月号p3。描かれているのは、なんとこのモデルのスキーム。「WPがクッションアンダーフレーム・ボックスカーを買った最初の鉄道だ!」などと大見得を切っている。歴史に埋もれてしまった事実っていうやつだろうか。

Trains1953 Dec p3 Western Pacific Railroad cushion underframe

【追記1】この実車について、一ファンのサイトに情報があった。1952年9月にプルマン・スタンダード社で2両(1952、1953)が製造された試作車。WPへリースされ、後に鉄道が購入。
 さらに、"Pullman-Standard Freight Cars, 1900-1960"のp69に写真が出ていて、6フィートのスペーリア・ドアと50トン台車を持つ40フィート6インチのPS-1で、ミシガンシティ工場製造。
 書物を持っていたって、使えなければ宝の持ち腐れ。

 ところで、元の文では、キットのままだとカプラーに下シャンクを使う必要あり、と書いていた。実際には、40フィートのこのキットだけは標準の中シャンク(#5など)が適合だった。訂正する。

 そういえば、次のモデルを持っていた(⇒「フェザーリバールートへの憧憬(3)」)。2015-04-23

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【追記2】この車のクッション・アンダーフレームである可能性の高い方式を見つけた。大塚誠之監修「鉄道車両-研究資料-」1957年刊p302-305で、執筆者は松井哲(国鉄鉄道技術研究所車両運動研究室)という方。

Ps_cushion_underframe

「……第2次大戦後にMeyer sliding sillとして現われ、Pullman-Standard会社で盛んに研究されて、今日P-S cushion underframeとして実用されている……P-S緩衝台枠は、台枠の固定部と可動中梁の間に、多層ゴムを働かせ、中梁の末端にはAARの標準引張装置を取付け、全体の容量は120,000ft-lb(5,200kg-m)を超えるもので、積載状態70~80ton程度の貨車の激突速度13mph(21km/h)ではじめて全圧縮する設計である。このように従来に比べて格段の容量を有するのは、なんといっても中梁の許容行程が7in(178mm)もあるためである。
 ……P-S社では、緩衝台枠に加えて、スナッバー等のついた貨車保護性のよい貨車を"C-U car"としているが、その使用はますます増加している」
(一部改変)

 この構造は、以前紹介したドイツの2軸車と全く同一(>>「ネジ式連結器の知られざる真実」)。
 また前述のプルマン・スタンダード写真集p80に、1954年製造のGN 21950-21964とN&W 53995-53999が、P-Sクッション・アンダーフレーム付だと書いてあった。ただし、Car Builders' Cyclopedaの1949-1951年版や1953年版、1957年版には関連するものを見つけられない。
 懸念は"多層ゴム"。天然ゴムで造ったら当初は良好だろうけど、しばらくしたら膨潤してくる。合成ゴムには現在でも大きな弾性率を持たせられるものは無いはず。

 同社はこの数年後となる1960年頃に、油圧式EOCCのハイドロフレームHydroframeを開発する(>>アメリカ型鉄道模型大辞典)。2018-01-14

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