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2018/05/21

転換クロスシートの探求(3)

Another origin of the walkover seat was only recorded by a British and an Austrian engineers

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"The American Railroad Passenger Car" by John H. White Jr. 1978 page 17

 宮崎繁幹氏より送られてきた資料は日本のものばかりで、完全に虚を突かれた。
 えっ、我が国の本に転クロの起源に迫る情報があるのか? えっ、英国人が米国の草創期の客車について書いている……。それは想像を遥かに超える記録の数々。【画像はクリックで拡大】

 そのイギリス人の名はDouglas Strutt Galton(1822-1899)。敬称はCapt.、のちにSir.。1854年に鉄道検査員となり、1856年に商務庁鉄道局長(Secretary to the railway department of the Board of Traide)に就任。同年に米国を公式訪問して報告書を書いた(経歴と写真はGrace's Guideより引用)。その一節がロンドン・タイムズ1857年4月11月号に掲載された。

「米国鉄道の特長は鉄道敷設の拙速と、施設および車両の利便優秀との組み合わせであるが、この最後の点は英国のものよりも優れているところが多い。米人は一般に英人よりも室内の居心地についてやかましいらしい……鉄道もこの趣味に迎合し、床上のジュータン、座席のフトン、転換背ズリ、歩き回れる車室(中央通路式客室を指す)、灯具、暖房装置は英国の1等車をして顔色なからしむるものである。さらに空気を水洗いして室に送り込むNew York Erie鉄道の巧妙なる仕掛けは夏季旅行客に対する米国鉄道式の贅の一好例である……」

 Galton氏を驚かせた「転換背ズリ」こそが次の画。これを装備した客車が1836年Harlan & Hollingworth Corp.(後のBethlehem造船所Harlan工場)製で、この記事の冒頭のもの。

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 我が国でも早くから山陽鉄道が輸入し一部に用いられたとして、次の画像が示されている。人物の間にかすかに分かる。

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宮崎繁幹氏のコメントおよび追記1を参照のこと。赤松麟作「夜汽車」1901年 ブログ「一枚の活写」から引用。

 以上は小坂狷二(おさか・けんじ)著1948年刊「客貨車工学」。この本は当方も所有していて唖然。

 裏付ける資料として日本国有鉄道編1958年刊「鉄道技術発達史 第4篇」。
 次写真は3等の2軸車。転換背ズリは1840年にB&Oが開始した。山陽鉄道が2人掛けをいち早く輸入し、「ハイカラ列車」として好評を博した。鉄道作業局が1889年(明治22年)英国より輸入し、また神戸工場で製作した2軸ボギー3等車(当時ハボ16、のちホハ6510)もまた転換背ズリだった‥‥ということは、イギリスでも採用されていたのかも。

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6510
交友社1974年刊「100年の国鉄車両 2」p176から引用
"コハ6510"は、"ホハ6510"が正しい。車体中央にトイレ

 次は一風変わった3列ロングシート3等車で、真ん中座席の背ズリが転換式。宮崎氏によれば、同じ写真が東武鉄道の客車として鉄道図書刊行会「日本の客車」p39に出ている由。

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交友社1974年刊「100年の国鉄車両 2」p177から引用

 問題は、導入時期。山陽鉄道の最初の営業が兵庫・明石間の1888年(ウィキペディア日本語版)だから、本邦初という称号は1880年の幌内鉄道でよいようだ。

もちろん、Galton氏の名はジョンH.ホワイト氏の本にも出てくる。ところがその転クロへの言及が見つからない。つぶさに頁を繰っていて、次の画があった。ドイツ人Karl Von Ghegaという人物が1844年に出版した報告書に掲載の、B&Oの1940年製客車だという。これが小坂本のいう、H&H社製と同じ頃の17枚窓客車のようだ。

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"The American Railroad Passenger Car" by John H. White Jr. 1978 page 66

 ホワイト氏は、この図の左側の座席、すなわちリバーシブル・シートについては、座面14×33インチ、中心間隔2フィートと説明している。けれど、右側に対しては何も無い。えっ! 2フィート=610ミリって狭すぎないか? 背ズリの厚さが薄いから大丈夫なのか。

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 結局、この座席の呼び方が分からない。一応、ウォークオーバーwalkover・シートでいいか。その原型ということにしておこう。(アメリカ(ドイツ)、日本、香港、NZ、イギリスと見てきて、ヒジ掛けがあるのはこれだけ。2018-05-30)

 ドイツ人という名を検索すると、なんとウィキペディア日本語版に項目が立っていた。オーストリア帝国の鉄道技術者(1802-1860)で、紙幣にも描かれて騎士Ritterの爵位を持つ有名人である。北米視察は1842年のことという。

 おっとHarlan & Hollingworth社は開拓使号のメーカーだった。松本哲堂氏も詳細に書かれている(松本風雅亭「弁慶号と開拓使号」 Wikipedia英語版)。

それにしても、この転クロの記録が英吉利人と墺太利人の手でしか残されていないことが不思議。米国人にとって無視すべき下劣なものだったのか。あるいは、こういうものを記録するという文化が無くて、さらに現代でも同じなのだろうか。(小坂氏が2人の報告を混同している可能性は?)

walkover seat 転換クロスシート ところで、賢明なる読者諸兄姉は既にお気づきと思うが、この座席は快適というには程遠い。それは、近年採用の右の構造からご納得いただける。背モタレの回転仮想中心が床面よりもはるか下にあることと、座面の傾きが変わることとには理由があるわけ。

 ポンチ絵の座面どおりにお尻を載せて背ズリに寄りかかれば、まず頭を支える首が疲れてくる。そして、お尻が座面を滑って前に出てしまう。それらを避けるには上半身を垂直に保たなければならない。ボックス席と何ら変わらない。すなわち、「鉄道技術発達史」掲載のロングシート用転クロ(図-25)の座面寸法が正しい。この方式が営業キロの延長とともに廃れたのもムベナルカナ。Yukawa Sotaro氏の主張どおりとなってしまう。
 もし、枕の無い転クロに座ったなら、首の鍛錬には好都合と心得るべし。

【追記1】1889年(明治22年)に英国より輸入および神戸工場で製作の2軸ボギー3等車について検索すると、面白いことが分かってきた。新製時はハボ16-39、のちホハ6510-6557で、本邦最初のトイレ付車。貫通口無しのはずなのに赤松麟作の画はそれがあるので、改造されたか、またはこの部分が車両中央のトイレ? 2018-05-22

【追記2】検索したらこれの付いた車両があちこちに保存されていた。香港鉄路博物館は1911年製で、なんと2+3人掛け(>>Wikipedia英語版)。

 ニュージーランドのオークランドは交通技術博物館Museum of Transportation and Technologyの路面電車。アームが曲がっているのは背ズリとの結合を強固にする工夫かな (>>「鉄道世界旅行by S. Terashima」)。

 同じ博物館の客車。高級にも「革張り」といい、このままではお尻が滑ってしまう。座面角度が変わるように見え、何か仕組みがあるかもしれない。あれっ、この球形の把手はどこかで‥‥(>>Australia and New Zealand Rail FAN)。

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 香港もNZも元英領だから、イギリスに何かありそうだ。ピッチを知りたい。回転アームは細いので軟鋼だろう。2018-05-24

Tram_bench_andy_thornton【追記3】オーストリア人の報告にソックリなイスを見つけた。ただし、イギリスの家具屋Andy Thorntonの商品。"tram bench"となっていて、ことによると駅用かもしれない。

 下も英国で、Bluebell Railwayという保存鉄道の展望車、元LNWR 1503、1913年製だという。"reversible seat"と呼んでいる。背モタレが緩すぎ、座フトン角度が変わらない構造も、外部を眺める観光用ということで許されたんだろう。あれっ! 中に転換したら座れないイスが‥‥。2018-05-30

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コメント

お役に立てたようで、嬉しく存じます。それにしても、興に乗ったときの、ワークスKさんの筆速の速いこと!、山陽鉄道の急行列車もかくや、と思わせます。

「往時のボギー客車3等車室の一風景」の絵は、赤松 麟作(あかまつ りんさく)の「夜汽車」で、代表作と云われ有名な絵ですが、転クロの観点から鑑賞することが出来るとは、素晴らしい! 単に夜汽車の雰囲気を描いたものとして見ていたが、我々の為に(違うか?)正しく記録を残してくれていた訳ですね。

>>重ね重ね感謝です。こちらの方面にも素養をお持ちだったとは恐れ入りました【ワークスK】

投稿: 宮崎 繁幹 | 2018/05/21 11:52

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