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2018/05/29

転換クロスシートの探求(5)

The link-type walkover seat introduced in Japan in the 1930s

Tenkuro1.jpg

 おおおっ! これぞ求めていた転クロ!
 またまた宮崎繁幹氏からお便りが届いて、開封したらこの図が出てきた。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/26

PFM社ドン・ドリュー回顧録を読んで(1)

Thinking of the Mr. Don Drew's memoir with Pacific Fast Mail, a brass railroad model importer, part 1

Brasstrainsv0a

 過去に発売されたブラスの購入手引きで最新かつ最大のものといったら、真っ黒な表紙の"Brass Model Trains Price & Guide"にまず指を折ることはどなたも異論のないところだろう。2008年の第1巻こそ古い日本製がゴッソリと抜け落ちていて使いものにならなかったが、2009年の第2巻は2割以上の大幅増ページで面目を施したものだった。

 実をいうと不評だった第1巻は、"The Brass Train Guide Book"という本のオマケという位置づけだった。本体の方はインポーターやメーカーへのインタビューを並べていて、スタンスが提灯持ちとはいうものの、結構面白かった。
PFM Pacific Fast Mail logo パシフィック・ファースト・メール 唯一、昔の日本製に関係したコンテンツがPFM社だ。これはパシフィック・ファースト・メールPacific Fast Mailの略である。そのドン・ドリューDon Drew氏の回顧録が17頁にわたって掲載された。もちろん英文で、語学力に難のある私には細部の意味というかニュアンスがどうしても理解できなかった。10年を経て全文和訳が「米国型鉄道模型とモダンジャズ」というブログに登場した。

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2018/05/22

転換クロスシートの探求(4)

Usage situation of walkover seats in the late 1920s in Japan

オロ35.jpg
1934年製スロ30850(オロ35) 2枚とも1974年交友社刊「100年の国鉄車両 2」から引用

 私の父親は平サラリーマンだったから一等車と二等車には無縁。もちろん私もそうで、どちらかといえば嫌悪感が先に立った。1969年に2等級制となってグリーン車と名前が変わったときには一億総中流の時代にふさわしいと考えたものだ。そのグリーン車には生涯で数度、事情があってお世話になった。ご想像どおり、いつも場違いな感じがして居心地が悪かった。
 1989年に“課長”というポストに就いたら、出張の際にグリーン車に乗る旅費が支給されるようになった。もちろん、真に受ける奴は変人で、その分はおおむね小遣いとなった。当方も模型や洋書に化けた。まあ、良い時代だった。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/21

転換クロスシートの探求(3)

Another origin of the walkover seat was only recorded by a British and an Austrian engineers

ARPCp17.jpg
"The American Railroad Passenger Car" by John H. White Jr. 1978 page 17

 宮崎繁幹氏より送られてきた資料は日本のものばかりで、完全に虚を突かれた。
 えっ、我が国の本に転クロの起源に迫る情報があるのか? えっ、英国人が米国の草創期の客車について書いている……。それは想像を遥かに超える記録の数々。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/18

転換クロスシートの探求(2)

The first reversible seats in Japan were probably equipped with on the Kaitakushi passenger car built in 1880. It is now being exhibited at the Railway Museum in Omiya city, Saitama.

 松本哲堂氏に開拓使号の写真データを送っていただいた。我が国最初の転クロ装備車である。鉄道博物館の展示は薄暗く、撮影には苦労されたようだ。拡大してみたら、装飾ライニングの華麗さにビックリ。新製当時のステータスの高さを思い知るとともに、修復の大変さが察せられる。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/17

アメリカの鉄道の失われた1980年代(2)

The lost decade 1980s for U.S. freight car production, part 2: the Stagger's Act and the IPD program probably were not the only causes.

Bn1993 1980年代にBNのグレイン・ホッパー新造が途絶えた原因を探求していて、しばらくしてスタガーズ鉄道法Staggers Rail Actにたどり着いた。

 それは1980年に成立した連邦法で、鉄道をがんじがらめに縛っていた規制が緩んで、息を吹き返す契機となった。
 運賃を自由に決められるから、カバードホッパーを26両や52両の単位で運用すれば割引を適用するとか、大口顧客への優遇策の有様がRobert C. Del Grosso著"The Burlington Northern Railroad in 1993"に書かれている。
 そう、需要は落ち込んでいないし、競争力も大幅にアップしたはずなのだ。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/16

アメリカの鉄道の失われた1980年代(1)

The lost decade 1980s for U.S. freight car production, part 1: the starting point of the question was a stady of BN grain hopper cars

 その“謎”に出くわしたのは2000年頃だったと思う。
 バーリントン・ノーザン鉄道BNのカバードホッパーを調べていて、奇妙なことに気が付いた。私が拘っているBNは、その前身のGNやNP、CB&Q時代の1960年代から大量の穀物輸送用ホッパー貨車を増備した。俗にいう”穀物狂時代”で、BN発足の1970年以降も続く。

 ところが、1980年代に入った途端に、ピタリと新造が無くなる。そして、1990年代に再開される。これは一体、どういうことなのか。次の図をご覧いただきたい。穀物=グレイン用の各型式を製造年で並べている。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/13

鉄道車両技師 福島善清さん

Performance of one railroad mechanical engineer, Mr. Fukushima Yoshikiyo 1914-2007

Img519b このブログで国鉄技師の手記を紹介したことがあった。1950年にGHQの肝入りでアメリカの鉄道を視察してまわった話。その著者が福島善清さんである。

 その後しばらくして、とんでもない事実が判明した。子どもの私が鉄道に興味を持つきっかけが、この方だったのだ。【画像はクリックで拡大】

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2018/05/11

転換クロスシートの探求(1)

A stady of walkover seats for interurban railways, street cars and etc.

walkover seat 転換クロスシート 事の始まりは某急行電鉄。その社主が新造車を転クロにしたいと言い出した。もちろんモデルの話。寸法や構造の実車資料を提供していたら、興味がわいてきた。
 現在、我が国で広く使われるこの座席は、本当に素晴らしい。進行方向に座れて楽チンだし、さらに向い合せにもできる。それも軽く押すだけ。安価で故障しない上に怪我の心配も寡少。おまけに自動式まである。考えれば考えるほど惚れ惚れする。いったい、いつ、誰が考案したのだろうと思ったら夜も寝られなくなった。(図は京阪3000系用で"電気車の科学"1971年8月号から引用)

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