鉄道時計通史
A brief history of clocks and watches on the railroad: I'll explain the relationship between railroads and time in America, starting from its early days. You might be surprised to learn things you didn't know, like master-slave clocks and the U.S. Naval Observatory. Of course, this also includes clock towers, railroad chronometers, time signals and time zones.
探しものをしていたら,古い懐中時計が2つ出てきた.
両方とも,とある記念に頂戴したもので懐かしい.そういえば鉄道には時計が付きモノ,いくつか疑問に思っていたことを検索したら,この懐中時計とか,電信のこととか.詳しく書かれていて感服させられた.けれど,それらの関連性については首をひねってしまった.流れが関連付けられていないのだ.ミッシングリンクと呼べる事柄もある.
というわけで,僭越ながら私がストーリーを語ってみようと思う.まあ漢字は「騙る」の方が適切かもしれない.【画像はクリックで拡大】
(1)近代以前の正午
現代はインターネットやテレビがあって,正しい時刻は空気みたいなものだ.また電波時計が正確無比な秒針を四六時中示してくれる.
ところが,鉄道創成期の19世紀初頭はどうだったのか.もちろん,時計は存在していた.柱時計でも懐中時計でも,はるか昔から器用な細工職人が存在して王侯貴族の欲求を満たした.それはいい.
しかし,その一方で、時計の針は一体,いつ合わせたのだろうか.問題は,そこだ.
誰がどうやって正午を決め,時計の所持者はどうやってそれを知ったのだろうか.何もないところから生みだそうとすると気が遠くなってくる.
あなたが想像したように,それは太陽だ.そりゃあそうだ.電信やラジオが出現する前だから,正午を知る方法はそれしかない.
市街地の中心に時計塔clock towerが建っていて,そのテッペンで空を見上げて判断したのだ.そして定刻を決め,鐘を鳴らした.悪天候で観測できないときは,前の日に時刻合わせをした時計,今と比べると精度が悪いけれど,無いよりはマシ.それで補完したはず.その鐘の音を聴いて人々は所持する時計の針を合わせた.
一般に時計塔は、時計を持たない人々に時を知らせるものとしか認識されていない.けれど,自立的に時刻を取得していた時代があったことを忘れてはならない.そう,塔の最上階には太陽の観測装置を据えていたわけだ.(最上階ではなさそう.【追記】を参照)
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画像は1868年に出来たというニューヨーク州 Ithacaのチャイム・タワー Wikipedia Englishから引用.
(2)鉄道が定時運行を開始
アメリカ最初の旅客鉄道B&Oが1930年に開業して4年後,1934年には距離のある鉄道がダイヤに則った定時運行を始めたという。
ここでの最大の難問は、鉄道システム全体での時刻合わせだ.前節で解説した街毎に決めた時刻では,始発駅と終着駅でどうしてもズレが出てしまう.
私の仮説は「拠点近くの時計塔の時刻を基準にして,それを懐中時計watchに写し、列車に積んで,駅や信号所の据え置き時計clockへ分配して回る‥‥という行為を、定期的に毎日,行った」というあたりである。
その10年後,電信が出現して,遠く離れた街同士で時刻を合わせることが可能となった.1844年にWashington DC・Baltimore間で通じたのだ.
それから四半世紀が経った1870年代初頭には、アメリカ海軍天文台がWestern Union Telegraph社の電信網経由で,時報time signalを配信する体制がつくられた.全米規模で時刻が統一されて、高度なダイヤ運行が可能になったということである。(先立つ1865年にも同天文台が時報を電信発信との記述があったが,よく解からない)
この頃に地域コミュニティーの中心が鉄道駅となり,その運用する時間が地域の基準になったらしい.駅に時計塔を併設する例が数多くみられる.写真は1887年完成のワイオミング州Cheyenne旅客駅(UP).現在,内部はCheyenne Depot博物館になっている.![]()
2017年高田寛氏撮影 ブログ記事「憧れのシャイアン」参照
さらに四半世紀後の1896年には無線電信が発明された.電波の登場である.これでの時報は当然,なされたはずとは思うが,記述で現れるのは1912年だ.電波の受信は,誰でも自由にできて,受信自体は無料である.発明から16年も経った後ということは,受信機が高価で普及が進まなかったという事情がありそうだ.あるいは,有線によるものの有料配信運営者が権利を主張したのかもしれない.
短波,中波,長波の特徴や歴史について,私は門外漢で調べる気力さえ湧いてこない.
そして,さらに四半世紀が経った1920年にはKDKAがラジオ定時放送を開始し、時刻合わせ用の時報も発信された.これは同時のようだ.
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画像はPixesl.comからの引用で,1940年の撮影,場所は不明.右の壁に時計が掛かっている.彩色写真のようだ.
(3)親子(おやこ)時計の登場
さて,正刻が電信やラジオで,もたらされたとして,鉄道内にいくつかある時計は,全て同じように合わせたのだろうか.いや,それくらいの手間をかけてもバチが当たらないほどの価値はある.
これについては,「19世紀後半に“親子時計”を導入」とい記述を見つけた.1851年のロンドン万国博覧会用に設置されたともいう(Wikipedia English: Clock network)。実はこれ,現代の我々が学校や事業所で日々接しているものである.
鉄道では親となる時計を電信所などに置き,駅や信号所の子となる時計を電気で同期させて動かす.ウィキペディアに項目が立っているものの,ファンの間ではあまり知られていない.英語ではsystem clockとか,master-slave clock(主人奴隷時計)といい,具体的なメカニズムは変遷したと思う.
写真は2023年5月の撮影で,場所は京阪電鉄宇治線木幡駅のホーム.この星形マークのメーカー名が思い出せない.![]()
次は1935年刊大阪鉄道局編纂「鉄道用語辞典」博文館の親時計と子時計の説明である。
親時計は大層な振り子式で1週間の誤差5秒以内というから、毎日時報に合わせていたはず。2台が並んでいるのは確認用か,それとも予備用だろうか.![]()
子時計の写真説明は、左が「乗降場上屋に取り付けたる600ミリ子時計」で、左が「庁舎内に取り付けたる300ミリ子時計」
日本国有鉄道が編集発行の「鉄道辞典」1958年刊には,もう少し情報があるかもしれない.国立国会図書館デジタルコレクションにアクセス可能な方のフォローをお願いする.
次画像は,システム構成例と親時計2種を示す.
Wikipedia英語版"Master clock"から引用
(4)懐中時計(鉄道クロノメーター)の貸与
時計というものは鉄道の拠点のみならず,従事員に携行させてこそ,定時運行が可能となる.その懐中時計を1849年に貸与し始めたという記述を見つけた.さらに1853年のValley Falls列車衝突事故の原因の1つが、車掌が所持していた懐中時計の遅れと書いてあった。
スイスやイギリスからの輸入品だったというから,まだまだ富裕層の贅沢品で、どれだけの数が用いられたかは不明だが、1列車で1個を機関士に支給し、車掌は当初私物で、後に支給になったという.
一方,アメリカで懐中時計を大量生産したという最初期の記述は、次の2つが見出せた。
1853年 E. Howard & Company
1854年 Waltham Watch Company
1861年に勃発した南北戦争では兵士の間で懐中時計の需要が拡大したというから,時宜にかなっていたといえる.
さらに,
1864年 Elgin National Watch Company(1867年?)
1870年 Illinois Watch Company
1886年 Keystone Standard Watch Company(then Hamilton)
1892年 Hamilton Watch Company
と続いた.Hamilton製に定評があったようだ.
1891年に起こったオハイオ州Kiptonでの正面衝突事故を契機に,1893年にはWebb C. Ballが鉄道クロノメーターの仕様を事細かに定め,性能が飛躍的に向上した.文字板がローマ数字からアラビア数字へ変わったのも彼の功績である.
これらの製品は今,大量にオークションへ出品され,中には驚くような高値のものもある.実用品として使い込まれていたためか不動品が多い.
(5)タイム・ゾーン
アメリカの時間で我々が理解し難いものが,タイムゾーンとサマータイムである.
詳細はウィキペディア(画像引用)に記され,アメリカ型鉄道模型大事典に要点をまとめてみた.関心のある向きはそちらへお願いする.
要は,アメリカ本土が4つのタイムゾーンに分かれ,しかも毎年,指定日に1時間,繰り上がったり,繰り下がったりする.いくつものゾーンにまたがって数日掛けて運行する大陸横断鉄道の従事者の苦労をお察しする.ホント,時刻が一つの日本に生まれて良かったと安堵だ.
なお鉄道は,1883年のタイムゾーン制定から主体的に関わった.前述した駅併設の時計塔によって,地域コミュニティーへは直ぐに浸透したことだろう.
また1918年の標準時法Standard Time Act制定では,ゾーン境界改訂の権限が,鉄道を監督するICCに与えられた。ICCはInterstate Commerce Commission(州際通商委員会)の略で,1887年に設立され,1996年にSurface Transportation Board(STB)へ改組された.
(4)日本の場合
我が国でのサマータイムは唯一,連合軍占領期の1948-1951年に行われたのみで,今ではピンとこない.あっ! 当方,サマータイムに生まれていた!
我が国初の新橋横浜間が営業を開始した1872年は、すでに電信と懐中時計が一般的だった.よって日本の鉄道は,最初から文明の恩恵に浴していたことになる。苦労知らずというわけだ.電信の電源はボルタ電池や静電気発生器だという(ウィキペディア日本語版).親子時計も導入されていて不思議ではない.
そして16年後の1888年には東京天文台から時報の発信が行われた.
さらに37年後の1925年、アメリカに遅れること5年でラジオ放送が開始され、全国的に正時刻が得やすくなったという流れである。
懐中時計の従業員貸与は、1893年の「時計貸与規定」制定の話がいくつものサイトで取り上げられ,転機のように書かれている.けれど,なにをかいわんや.単に規則が明文化されたにすぎない.当然,鉄道創業時に始まっていたはずだ。そうでなければ,途中の川崎駅で上り下りの交換はできない.当時の懐中時計が高価だったとしても,機関車の値段に比べれば大したものはない.原文に当たってはいないが,従来は機関士だけだったものが,対象が機関助士や車掌,駅長などに拡大したのだと思う.
そのメーカーは、アメリカの前述のものに加えて,スイスのLonginesとZenith(ゼニットと呼ばれた)が記録されている。
国産品では村松時計製作所や,精工舎のものが鉄道省に指定されたという。
これらについては詳しく書かれている方がおられる.
なお今でも懐中時計は鉄道員に貸与されているようだ.運転台の計器盤に組み込むのは簡単なのに,こうしているのは,何か精神的な意味を持たせているのかもしれない.アメリカではどうなのだろうか.
(6)年表
以上を年代順に並べてみた.アメリカの事柄が主で,日本については字下げした.
1930年 B&Oが米国初の旅客営業を開始
1834年 一部鉄道が定時運行を開始(標準時刻維持方法は不明)
1837年 Samuel Morseが電磁気電信機を発明
1844年 電信がWashington DC・Baltimore間に開通
1849年 鉄道従事員にwatch(輸入品)を貸与開始
1851年 初期の親子時計をロンドン万国博覧会用に設置
1853年 Valley Falls列車衝突事故 車掌所持watchの遅れが一因
1853年 Howard社が懐中時計の大量生産を開始
1854年 Waltham社が懐中時計の大量生産を開始
1861年 南北戦争勃発とともに兵士の間で懐中時計の需要が拡大
1865年 アメリカ海軍天文台が時報time signalを電信発信
1870年 全国時刻システムが提案される
1870年代初め 海軍天文台がWUT電信網経由で時報を電信開始
1872年 日本の新橋横浜間開通 モールス電信導入
1880年 日本で鉄道電話を開始
1883年 米加の鉄道会社が4つのタイムゾーンと標準時を制定
1883年 タイムゾーン用時報を電信発信。東部 中央 山岳標準時
1888年 日本の東京天文台が時報を電信発信
1891年 オハイオ州Kiptonで正面衝突事故
1893年 Webb C. Ballが鉄道クロノメーターの仕様を確立
1893年 日本の官営鉄道が時計貸与規定制定(対象拡大?)
1896年 無線による電信の発明(時報は?)
1912年 バージニア州Arlington無線局より時報を発信開始
1918年 標準時法Standard Time Act制定。夏時間も規定
1919年 夏時間を廃止。ICCがゾーン境界の改訂を管轄
1920年 KDKAがラジオ定時放送を開始(時報も)
1925年 日本でラジオ放送を開始(時報も)
1942年 戦時法として省資源のために夏時間を復活
1945年 夏時間廃止。以後一部地域で実施
1948年 日本で夏時間を実施、1951年で終了
1966年 連邦統一時間法が成立。全米で夏時間を義務化
1974年 夏時間期間を延長。以後、期間変更を繰返す
(5)アメリカ型鉄道模型大事典へのリンク
(6)参考文献
National Association of Watich & Clock Collectors, Inc.
The Seiko Museum Ginza アメリカ時計産業と鉄道時計
Wikipedia English: Railroad chronometer
Wikipedia English: Clock manufacturing companies of the United States
【追記】太陽で正午を知る方法が見つけられない.思い余って生成AIのCopilotに尋ねたら,次の答えを得た.
17〜18世紀の欧州の時計塔では子午線溝(メリディアナmeridiana)が使われた.教会や時計塔の床に真北–真南の線(子午線)を描き、天井に小さな穴(ピンホール)を開けて太陽光を通す.天井の穴から差し込む太陽光が床に映る。その光点が床の子午線上を通過する瞬間=正午とする.天候が良ければ極めて正確に真大陽時が求められる.太陽の高度が夏冬で変るのでその分,子午線は長く引かれる.
とのこと.文章は私が適当に書き換えた.出典を頼んだらいくつも挙げてきたので,信じるに足る情報と思う.Wikipedia 伊語版
画像はイタリアBolognaのSan Petronio大聖堂の床に描かれた67メートルのもの.1657年の設置で世界最長.教会の左側通路の屋根,27.07メートルの高さに穴が開けてあるという(引用元).2026-01-27
記述の各箇所を修正した.2026-01-31
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